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第十七話 便り

 川井は井ノ上を連れて警察署へ。井ノ上は自首したがスムーズに逮捕、起訴とはいかなかった。井ノ上の自供により、『自殺の方法』や『車を爆発させた理由』、『犯人の佐藤をどこでどうやって匿っていたのか』など今までわかっていなかったことがわかってきた。特に『車の爆発は吉川が現場から離れ、犯人の衣装に着換えて井ノ上を刃物で刺すために重要な時間だったこと』、『二台目はその場で死亡した伊藤が爆発させたこと』はこの計画を立てた側にしかわからない情報だった。


 ただ、それでも警察が起訴をためらったのは証拠がなかったこと、特に吉川が関わった証拠が発見されていないことが大きかった。警察は吉川を『犯人に刺され殉職』と発表しているため、それを覆すのは組織として覚悟がいることだった。さらに吉川は警察内での人気が高く信頼も厚く、そのため『吉川がそんなことをするはずはない』という意見が多かった。


「証拠を見つけるまで、記事にはしないでくれ。」


 これが警察側から玉川に出された条件だった。玉川としても証拠もないのに記事にはできない。ただ、だからこそ伝えた。


「もし、証拠が見つかったら事実を正しく公表してください。それがもし正しくないと私が判断した場合、こちらが正しく公表します。」


 お互いギリギリのラインでの合意だった。ただ、これ以上の譲歩は警察組織が証拠をもみ消す可能性がある。警察側も玉川が持つ証拠がどれだけあるかわからない上に、先に玉川が公表すれば警察側が隠蔽したと世間に認識される可能性もあるからだ。



「とりあえず、証拠を探すしかないですね。」


「ああ。できればこちらが先に掴みたいが…。」


 引き続き二人での行動になったのは、警察側の情報がほしい玉川と、玉川の監視が必要だと考えた警察側の思惑が一致したから。それは川井の上司と玉川との間にある奇妙な信頼関係のなせることでもあった。



 玉川も警察も捜索したが証拠は見つからなかった。一番重要な証拠である『佐藤の自白』が記録されている物。井ノ上は『スマホで録画していた』と証言していたが、川井の調べた限り吉川のスマホにはそれらしいものは無く、警察が解析してみてもそれらしいものは撮られた形跡もないらしい。吉川の知人にも聞き込みをしてはみたが、何かを受け取ったという人は見つかっていない。



「暗礁だな…。」


「ですね…。これは年をまたぎますねー。」


 喫茶店でコーヒーを飲みながらの会話だった。ただ、時期はサンタを見送ってもう何日かで日の出を待つ頃だ。


「先生は家に帰らされたらしいな。」


「はい。特に逃走の恐れもないですし、本人に『証拠が見つかり次第逮捕してくれ』と言われてしまっては…。警察も留まってもらう理由もありません。ちゃんと上司が『証拠が見つかるまで誰にも言わないでほしい』と釘をさしておいたと言ってました。」


 そんな会話の最中、玉川のスマホが鳴った。井ノ上からのメールだった。


「吉川君の遺書らしき物が先生の家に届いたらしい。それを警察に届けてほしいということだ。」


「わかりました。すぐに行きましょう。」


 玉川と川井は井ノ上の家に急いだ。井ノ上はいつもの穏やかな表情で川井に封筒を渡した。宛先は井ノ上の自宅で差出人は確かに吉川だった。


「中身、見ましたか?」


「いや。私が先に開けてはまずいと思ってな。と言っても、私はむしろ公開したい側だが。」


 川井の問いかけに、井ノ上は静かに笑って答えた。確かに井ノ上が証拠隠滅する理由はない。


「川井。録画するから、ここで開けてみてくれ。」


「わかりました。」


 玉川が録画する中、川井は封筒を開けた。中には便箋が一枚。そこには次のように書かれていた。


『突然の手紙ですいません。そしてこの手紙を読む頃には私はもうこの世にはいないと思います。本当は娘さんと一緒にご挨拶するはずでしたが、あの事件のせいでそれは叶いませんでした。娘さんと出会えて私は本当に幸せでした。また、娘さんから昔の事故の話を聞かせてもらいました。私は娘さんに「全てを許せるまでには時間がかかるだろうけど、お義父さんがなぜそうしなければいけなかったかは考えてあげてほしい。」と伝えました。そして、それは同時に自分の仕事の意味や価値を再確認することができました。しかし、三年前のあの事件のせいで私は生きる希望を失いました。それはきっとあなたも同じだったと思います。ただ、私はそれでも、せめてあなたには生きてほしかったんです。生きてこの事件の結末を見届けてほしかったのです。それはこの事件に巻き込んでしまった罪悪感のせいでもあり、巻き込んだ側の皆の総意でした。だから、今あなたは生きているのです。どうか、私たちのために最後まで生きて結末を見届けてください。勝手なお願いですが、よろしくお願いします。』



 読み終えてしばらくの静寂、それを打ち破ったのは井ノ上だった。


「どう思う?」


「まだ、吉川さんのものかはわかりません。ただ、少なくとも、立派な証拠ですね。」


 川井の冷静な意見に玉川もうなずいた。少なくとも井ノ上がこの事件に関わったという証拠ではある。ただ、


「吉川君のものだろうか…。何か違和感がある。」


「どの辺りがですか?」


 玉川のつぶやきに川井が反応した。玉川は手紙を見ながら続けた。


「手紙には過去の行動の話とともに『自分の仕事の意味を再確認』と書かれている。これを書いたのが吉川君だとすると、『過去に自分の意思に反した仕事をした』みたいな意味に取れる。まだ若い警察官の吉川君がそんな考えになるとは考えにくい。」


「なるほど。確かに吉川さんの今までの仕事だと考えにくいですね。少なくとも、私の前では真っ直ぐ真面目に熱心にやってました。間違っていることを『間違っている』と大きな声で言うのが吉川さんの良いところでしたし。」


 すぐそばで仕事をしていた川井だからこその意見だ。玉川は「さらに」と付け足した。


「この手紙の消印は先生が逮捕された後だ。吉川君が出すなら遅くとも事件の当日のはず。ただその場合は先生が家にいる間に受け取れていたはずだ。そうなっていたら今の先生の『一度釈放』みたいなこともなくてよかったはず。だからこの手紙は事前に誰かが依頼されて、先生の逮捕を確認後にポストへ出したと考えるのが自然だろう。」


「確かに…。吉川さんが井ノ上さんに『生きてほしい』と伝えたかったのなら、井ノ上さんがなるべく早く受け取れるようにするはずですから。でも、一体誰が…。」


 部屋が静まり返った。本来なら何かしらの感情を生むはずの手紙だが、さらなる謎を呼んでしまっている。


「玉川、川井さん。とりあえずこの手紙の差出人を調べてくれ。私としても誰が娘の婚約者だったのかは知りたい。」


 複雑な胸中の中、井ノ上が告げた。二人は静かにうなずいた。


 その後、川井は手紙を捜査本部に提出。簡易の筆跡鑑定で吉川の書いたものではないと断定された。その上で川井の上司から川井に仕事の指示が出た。


「吉川君の母親に手紙を確認してもらってくれ。」


 川井はすぐに吉川の母親を探した。住所はこの場所から北東へ車で三時間くらいの田舎らしい。連絡もすぐに取れたが、仕事が忙しいから大晦日の夜までは時間が取れないとのことだった。



「玉さん、どうしましょう?」


 川井がこう切り出したのは上司からの指示だった。


『情報を正しく伝えずに勝手に動かれても困るし、単独で行かれるのも困る。一緒に行ってくれ。』


 それを玉川も理解した上で悩んでいた。


「玉さんは予定はないんですか?」


「ないといえばない。ただ、年末に訪ねるならに泊まる場所が必要だろ?さすがに日帰りは厳しいし、何も年末にバタバタしたくはないし。今から泊まるホテル探しも大変だ。」


 現実的な玉川の意見。川井も納得した。そのとき、川井の携帯が鳴った。


「あ、青葉だ。木村青葉からです。」


 川井の声が1オクターブ上がったのは、単純にうれしかったのだろう。川井はスピーカーモードにして目の前の机に置いた。


「お久しぶりで〜す。お二人でいるなんてラブラブですね〜。」


 開口一番木村節炸裂。玉川も川井もどこか懐かしく自然と笑顔になれた。そんな空気を察してか木村は話を進めた。


「久しぶりに3人で会いたいのですよ〜。なので、30日から2日まで私の故郷で泊りがけの飲み会でもいかがでしょうか?場所は…、」


 場所を聞いて二人は驚いた。その場所は吉川の母親が住む町のすぐそばだった。事情を川井が説明。木村の笑い声が響いた。


「じゃあ、一石二鳥じゃないですか〜。私が吉川先輩の実家の住所調べておきますよ〜。ではお待ちしてま〜す。」


 木村の電話が切れたあと、玉川と川井は笑ってうなずいた。


「行くか。」


「はい。たまには休息も必要ですよ。」


 こうして二人は30日に木村のもとへ向かったのだった。


 


 

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