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第十六話 何が間違っていた?

「これが私の知っている全てだ。」


 井ノ上は話し終わると自分のお茶を飲んだ。しかし、玉川と川井はお茶を飲むこともできない。取材で調べて内容は知ってはいた。ただ…、現実は想像以上に辛い事実だった。


「何か聞くことはあるか?」


 井ノ上の声が届き、ようやく我に返った感じがした。玉川は全部のピースを繋げるためにわからないことを聞いた。


「先生を含むこの事件の被害者は誰が集めたんですか?」


「吉川君だ。私は娘の裁判の時、彼に声をかけられた。吉川君は『この犯人はこのままだと無罪になります。僕はそれは絶対に許せません。だから力を貸してください。』と言って私をみんなに引き合わせた。その時点でこのメンバーは全員揃っていた。」


「その時点で全員が自殺する話になっていたのですか?」


「ああ。発案者は田中有希さんだったらしい。『私は彼のところに行きたい。ただ、このまま死ぬのは嫌です。このばか騒ぎをできればやめさせたい。やめさせられなくても、せめてこの騒ぎがどれだけ人を苦しめたかをわかってほしいです。』と。彼女の冷たい目と覚悟に満ちた声は今でも覚えている。」


「犯人の佐藤はどうやって説得したのですか?」


「佐藤には吉川君が接触した。『私は警察官だが警察という組織が嫌になった。だから冤罪事件を起こしたい。協力してくれ。』と。佐藤は二つ返事で了解してくれたらしい。だからあの男は最後の最後まで、自分が殺されるなんて考えもしなかったのだろう。」


 玉川の問いに井ノ上は淡々と答えていった。玉川の頭の中ではストーリーが完成した頃、川井が井ノ上に聞いた。


「佐藤の自白は取れていたんですよね?録音なり録画なりが残してあるはずですが。」


「私が吉川君のスマホで録画した。だから吉川君のスマホの中に残っていたはずだ。ただ、その様子だと見つかってないのか?」


「はい。吉川さんのスマホはまだ発見できていません。」


 川井の質問の答えもまた、犯人でなければわからないだろうことだった。だからこそ、玉川はショックではあった。どこかで『井ノ上先生は犯人ではなかった』という結論になることを信じたかった。それを見透かしたように井ノ上は玉川に問いかけた。


「なあ、玉川。何が間違っていた?」


 その問いかけはすぐに答えが出るが、その意味が複数あるものだった。井ノ上は静かな声で続けた。


「私たちのしたことは間違っている。それはわかっている。ただ、間違っているのは私達だけではないだろう。あの日、あの場にいた全ての人が間違っていたんだ。田中有希さんの件はそもそも酔っ払い側の破壊行為で犯罪行為だ。その結果、彼女は愛する人たちを失った。私の娘の事件も同じだ。あの騒ぎが常態化していなければあの事件は起きなかったとさえ思う。佐藤は言っていた。『あの馬鹿騒ぎの中ならどんな事件を起こしても酔っ払いの事件として処理される。この国は【酔って記憶がない】で刑が軽くなるからな。』と笑っていたから。あの男はこの騒ぎに乗じて事件を起こしていたんだ。表面に出ているのは2件だが、他にも余罪があるのかもしれない。と、同時に鈴木清子さんの事件ももしかしたらこの騒ぎに乗じた計画だった可能性もある。」


 川井は井ノ上の言葉をメモしていく。それは自供であり、警察への意見でもあった。井ノ上はさらに続けた。


「谷中さんの妻のことも鈴木清子さんたちのことも、あの日でなければ助けられたはずだ。いつもの病院の状態であれば、私のところだけでも対処できただろう。急性アルコール中毒でベッドさえ埋まってなければ、あんな悲劇は起きることもなかった。そうすれば医師の私も警察官の吉川君も救急隊員の伊藤君もこんな悲しい気持ちにならずに済んだ。」


 否定できるはずもない、紛れもない事実だった。『あの日に事件が起きなければ』『あの日に事件が重ならなければ』と思わずにはいられなかった。


「なあ、玉川。この国はおかしくなってしまったんだよ。」


 井ノ上から吐き捨てられたその言葉に、川井もメモを取るのをやめた。二人で姿勢を正し、井ノ上の言葉を静かに聞いていた。


「『医者は治療を求める人を拒んではならない。』『警察官は困っている人を助けなければならない。』とされている。私もそんなことは当たり前だと思っていた。ただ、それはもう当たり前にすべきことではなくなったのだと私は思う。このばか騒ぎに対し、市長は何年もずっと『やめてくれ』と叫んでいたはずだ。それなのに若者たちはやめなかった。責任者のいないばか騒ぎはテロリストの破壊行為と変わらない。やめてくれという叫びを無視して暴れるのは犯罪者と何が違うんだ?なぜ、やめろと言われているのにやめない?なぜ、強制的にやめさせられない?地域が困っているのになぜ警察は止められない?そして、なぜ迷惑行為をしているやつらを医者は助けなければならない?ここぞとばかりに権利を振りかざすやつらに対して私は言ってやりたい。それならば『医者にも患者を選ぶ権利がある』と。それ以前に聞いてみたい。『医者にも警察官にも救急隊員にも注意喚起している人にも家族がいる。その人たちにはハロウィンを、新年のカウントダウンを家族と楽しむ権利もないのか?』と。私も吉川君も伊藤君も、こんなやつらを助けるためにこの職業に就いたんじゃない!みんな、大切な人を助けたいから、守りたいから、救いたいからこの職業を選んだんだ!」


 切実な叫びだった。確かな怒りだった。大切な人を守れなかった悲しみだった。


 井ノ上の叫びの後、しばらくの静寂があった。ただ、その静寂を静かに打ち破ったのは、川井のすすり泣く声だった。


「感受性豊かな人だな。玉川、お前の相棒は。」


 井ノ上は静かに笑った。


「はい。だからこそ、僕は僕でいられているのだと思っています。」


 玉川も静かに答えた。川井はハンカチで涙を拭いて、それからゆっくり井ノ上を見た。


「井ノ上さんたちの意見はわかりました。気持ちもわかりました。ただ、やっぱりあなたたちのしたことは間違っています。」


 川井の静かな、でもはっきりとした声が響いた。姿勢を正す井ノ上と玉川、川井は静かに続けた。


「あなたたちの考えが例え正しかったとしても、あなたたちのしたことは間違いです。なぜなら、あなたたちが事件を起こした日、別の救急要請があったからです。結果的にはトラブルにはなりませんでしたが、もしかしたら命が失われた可能性もあったと思います。それは、あなたたちと同じ思いを、あなたたちがさせてしまうことになった可能性があります。それは大切な人を失ったあなたたちが一番考えないといけなかったことだと思います。」


 川井の言葉が終わったとき、井ノ上の目から涙がこぼれた。それはこの事件を起こしたときの怖さを井ノ上が一番わかっていたからだった。


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