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第十四話 あの夜の事実(鈴木清子、谷中健二の悲劇)

 夜8時半過ぎのことだった。鈴木清子の家のインターホンが鳴った。その日は昼に友人から電話があり、旅行のお土産を持っていくと言われていた。なので清子はドアを開けてしまった。その瞬間、スプレーのようなものを顔にかけられ清子はその場に倒れた。二人組の男たちが侵入し正と清子は縛られた。二人組は金品を要求、正はタンスの中にあると伝えた。二人組がタンスの部屋に入った瞬間、正は玄関に向かって走った。しかし、ドアを後ろ手で開けようとした時、一人が持っていたハンマーのような硬い物で正の頭を殴りつけた。正の血が流れたのを見て、叫び声をあげた清子も硬い何かで殴られた。清子の意識はそこで途切れた。


 谷中健二は家に向かって急いでいた。健二の会社から駅まではそんなに距離はなく、本来ならすぐに駅に着ける予定だった。ただ、ハロウィンの人だかりが想像以上でなかなか先へ進めない。そのとき、女性の悲鳴が聞こえた。見ると人だかりの真ん中で若者たちがケンカをしていた。そのそばで女性が「ケンカを止めて」と叫んでいた。小さな正義感で健二はケンカをしている二人の間に割って入った。誰かが止めに入れば冷静になるかと思ったからだった。ただ、そうはならなかった。酔っ払いが健二の顔を殴り、健二は受け身を取れず頭を打ってしまった。健二の意識はそこで途切れた。


 駅前通り駅前のケンカ騒ぎが起きていた時間、鈴木清子は目を覚ました。家の中は見るからに荒らされ、男たちがの姿はなかった。目の前には血まみれの正の姿。手を何かで縛られていたが、歩けたので正のもとへ。正はまだ息があった。清子は立ち上がりドアノブを後ろ手で開け、外に出て助けを求めた。近所の人が気づき、警察と救急に電話をした。


 同じ時間、谷中の妻の志保は苦しんでいた。明日入院の予定だったが激しい痛みに襲われた。夫に電話をしても繋がらない。隣の家の人と相談し救急車を呼んでもらうことになった。


 同じ時間、もう一件事件が起きていた。女性が性的暴行を受け、立体駐車場から転落した。駅前の騒ぎのために現場に向かっていた警察官が気づいて犯人の男を逮捕し、救急に電話をかけた。



 この時、救急の回線は駅前の騒ぎの電話が鳴り続けていた。出る全ての電話が『駅前のケンカの救急依頼』だった。鳴り止まない電話、出ても『亜由比駅前で酔っ払いが…。』『亜由比駅前で』だった。最初は丁寧に対応していたが、十件を超える頃には「亜由比駅には救急車は向かっています。」と答えてしまうこともあった。そして、不運にもその中にこの三件の電話も混ざってしまった。鈴木清子のマンションは『亜由比東駅』、谷中の家は『亜由比西駅』、女性の事件現場は『亜由比駅前』だった。女性の事件は電話をかけたのが警察官だったため、すぐに電話をかけ直さことができた。しかし、谷中と鈴木のところは『誰かがすでに呼んでくれたのだ。』と思ってしまい、救急車の到着が遅れてしまう事態になった。



 救急車は現場に到着。谷中健二とその場にいて意識を失った別の酔っ払いの二人は病院に運ばれた。健二は検査と治療を受け意識が戻らないまま病室へ運ばれた。もう一人の酔っ払いは治療中に意識を取り戻した。状況がわからず暴れ、機械の一つにエラー表示が出てしまう事態になった。そのため、この病院は救急車の受け入れを一台にしなければならなくなった。



「救急車はまだですか?」


 鈴木清子の家に着いた警察官が救急に再度電話したのは最初に電話してから十分後だった。警察官が電話で状況を聞き、こちらに救急車が向かっていない事実がわかった。到着した救急車で清子と正は病院に運ばれる流れになった。ただ二名だったため近くの病院には運べず遠くの病院に運ばれることになった。搬送先の病院で適切な処置が行われたが、正は助からなかった。ショックで泣き崩れる清子に医者が告げた。


「残念です。あと十分早ければ助けられたかもしれません。」


 この言葉が清子の心の傷をさらにえぐったのは言うまでもなかった。もし、駅前の騒ぎさえなければ助かったはずの命だった。




「救急車はまだか?」


 いつまで待っても救急車が来ないため電話をかけ直したのは谷中志保のそばにいた隣の家の人だった。その電話でようやく救急車がこっちに向かってないことがわかった。そして十分後、救急車が到着。谷中志保を乗せた救急車は近くの病院に運ばれた。しかし志保の状態は悪く緊急手術になった。何とか志保の命は守られたが、子供は助からなかった。さらに母体を助けるための手術により、志保は子供を産めない体になってしまった。


「何で…、こんなことに…。」


 子供を失い、産めなくなった事実を知って苦しむ志保。その状態をさらに悪化させたのは同じ病院に入院していた夫の健二の存在だった。夫に何があったのかを尋ねた志保に看護師は答えた。


「確か、酔っ払いのケンカで運ばれてきたはずです。この件の救急への電話が鳴り止まなかったから、結果あなたへの救急車も遅れたのです。」


 伝えたことに嘘はなかった。ただ、志保は『夫が自分が苦しんでいたときに酔っ払ってケンカをし、そのせいでこんなことになった。』と思ってしまった。志保はすぐに健二の部屋まで行った。


「何で?何であなたが入院しているの?酔っ払ってケンカをしたの?」


「ち、違う。僕は家にまっすぐ帰ろうとしていたんだ。ただ、目の前でケンカをしていたからその仲裁に…、)


「言い訳なんて聞きたくないの!」


 志保の叫びで健二は固まった。


「あなたのケンカのせいで救急車が遅れたの。そのせいで私たちの赤ちゃんが死んでしまったの…。私は子供を産めない体になってしまったの…。」


 聞かされた事実に健二は呆然となった。子供も失い、妻は子供を産めなくなった。それが自分のせいで…。


「私はあなたに助けてほしかったの。」


 その言葉を最後に志保は部屋を出ていった。健二はただただショックでうなだれていた。涙を流しながら…。


 健二は頭を打ったせいもあり退院まで時間がかかった。その間に何度も志保に連絡したが、志保からの返事はなかった。退院の日、健二は一人で病院を出て家に帰った。しかし、そこに志保の姿はなかった。静まり返った部屋のテーブルに二枚の紙。一枚は健二への手紙、もう一枚は離婚届だった。


『あなたが悪いのではありません。ただ、私があなたと一緒にいられる自信がなくなってしまったのです。あなたと一緒にいる限り、きっとあの日のことを思い出してしまうから。だから、ごめんなさい。』


 部屋には志保の物は何もなかった。あるのは健二のものと、三人で暮らすためのたくさんのもの…。ベビーベッドやオムツなど、用意したたくさんのものだけが残されていた。外にある車もベビーシートを取り付けてあった。何もかも準備できていた。何もかも…。


「何で…?何でこんなことに…。」


 産まれてくるはずだった子供のために用意したものを抱きしめて健二は泣いた。


 何もかも失った。あの夜のせいで。



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