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第十三話 あの夜の事実(有希と蒼汰の悲劇)

 9時をまわったところだった。田中有希は閉店後の店内にいた。有希は美術の学校に通っていたこともあって、この店に飾る絵をいくつか描いて持ってきていた。1つは店の前に置いてもらおうと描いた店の看板、もう1つは蒼汰と自分が並んで笑う幸せな絵。


「額縁に入れて一番見えるところに飾ろう。」


 蒼汰はそう言って笑った。有希も笑顔でうなずいた。閉店後のささやかな幸せの時間だった。


 そのとき、突然店内に酔った若者数人が入ってきた。入り口の鍵も掛けてあったし、閉店の札も掛けてあった。しかし、電気がついているからやっていると勘違いした酔っ払いが強引にドアを動かしたため鍵が壊れてしまった。


「本日は閉店です。」


 蒼汰が告げると若者は暴れだした。


「さっさと飲み物持ってこいよ!」


 その中の1人がそう叫ぶとテーブルの上の有希の絵を掴んだ。そして、いきなり突然破り捨てた。


「な、何で?ひどい!」


 時間をかけて丁寧に、思いを込めて描いた絵だった。大切な絵だった。有希はショックで涙を流し、それが蒼汰の怒りをよんだ。


「何してんだ!」


 蒼汰は酔っ払いの1人を殴りつけた。他の酔っ払いが「外に出ろ!」と叫び、蒼汰は残りの酔っ払いとともに外に出た。店が駅前の通り沿いにあったのもあり、多くの酔っ払いの輪の中で殴り合いのケンカになった。


「早く来てください!や、やめて!誰か止めてください!」


 有希は交番に電話で助けを求め、周りの人にも止めるように叫んだ。すると1人の男性が輪の中に入り蒼汰と酔っ払いの間に入った。その男性は家で待つ妻のもとに帰る途中だった谷中健二だった。蒼汰はそこで冷静さを取り戻したが、酔っ払いは止めに入った谷中を殴りつけた。谷中は突然殴られたため受け身を取れず道に倒れた。蒼汰は殴った相手を突き飛ばした。するとその男に押された別の酔っ払いが倒れ意識を失った。酔っ払いは意識のない仲間が「蒼汰に殴られて意識不明になった」と叫び出した。蒼汰も谷中の意識がないことに気づいた。蒼汰と酔っ払いが「救急車を呼んでください。」と周りの人に叫んだ。周りの人たちに恐怖が蔓延し、パニック状態になった多くの人が救急に電話をかけた。



「はい。119番です。火事ですか?救急ですか?」


「駅の近くで酔っ払いのケンカで、二人意識がありません。」


「すぐに救急車が向かいます。」


 この一回の電話だけで良かったはずだった。ただ、酔った人間の恐怖が周囲に伝わり、周囲の人が何度も電話をかけてしまった。しかも、何人かは当然繋がらない。繋がらない人間の焦りが周りに伝わり、より恐怖と焦りを呼んだ。救急の電話を受ける側も何度も何度もかかる電話に『亜由比には今、向かっています。』と答えてしまう時間があった。



 救急車は現場に到着。駅前で谷中と酔っ払いを乗せていった。同時に警察官も現場に到着、蒼汰と酔っ払いの双方から事情を聞いた。本来は蒼汰が酔っ払いを殴ったのは正当な理由があった。しかし、周囲の人間の目には「突然ケンカを始めた。」「どちらも悪い。」というように捉えられていた。有希が何度も「違う」と叫んでも、その他大勢の意見が聞き入れられる。結果、蒼汰と酔っ払いの両方が逮捕されてしまった。パトカーに乗せられ、連れて行かれる蒼汰を有希はどうすることもできずにただただ見つめていた。




「川井、片方の青年に罪はない。映像もある。警察署の人間に話を通してくれ!」


「わかりました。」


「あと、このまま終わらない可能性もある。さっきの酔っ払いの仲間に注意してくれ!」


 玉川はこの騒動が始まったとき、ちょうど現場に着いたときだった。玉川がとっさにかまえたカメラには『酔っ払いが谷中を殴ったこと』と『蒼汰が突き飛ばしたのは意識を失った酔っ払いではない』ということがはっきりわかる映像が撮れていた。川井は上司に連絡、上司が玉川の映像を確認し他の署員と話し合った結果、蒼汰は釈放となった。



 有希はカフェに戻りとオーナー夫婦と掃除を始めた。すると、さっきの酔っ払いの仲間数名が店に入ってきた。そして、訳の分からないことを叫びながら物を破壊し始めた。テーブルなどの破壊にとどまらず、油のような液体を撒いた者もいた。


「やめてください!帰ってください!)


 有希はオーナー夫婦をかばいながら、必死に叫んだが、それが返って酔っ払いの怒りを刺激した。一人が有希を殴り倒した。


「あの男の女か?かわいくてムカつくな!」


 倒れた有希を見て、酔っ払いの一人が馬乗りになって服を破いた。


「キャーッ!いや、やめて!」


 有希の悲鳴が響いたとき、人混みをかき分けて川井が到着。酔っ払いを何人か投げ飛ばし、後から来た警察官とともに逮捕した。その後、オーナー夫婦と話し合い、川井が有希を家に送っていった。



 蒼汰はカフェに戻り驚いた。大切な場所であるカフェがボロボロになっていた。その被害はしばらくは営業できないレベルだった。カフェは一階が店舗で二階がオーナー夫婦の住宅になっていた。蒼汰はオーナー夫婦のところへ急いだ。オーナー夫婦はあの後起きたことを蒼汰に説明し、「お店の片付けは明日やればいい。有希さんのところへ行きなさい。」と言った。蒼汰は急いで有希のところへ向かった。



「君に娘に会う資格はない!帰れ!」


 蒼汰が有希の家を訪ねたとき、有希の父親は叫んだ。有希は母親に部屋にいるように言われ、蒼汰に会うことを許されなかった。必死に事情を説明し謝る蒼汰に有希の父親はさらに叫んだ。

 

「君がどんなに言い訳をしても、娘が殴られた理由にはならない!君が怒りに任せて騒動を起こさなければ娘は傷つかずに済んだ!」


 有希の父親は土下座する蒼汰の前にボロボロの服を投げ捨てた。それは有希が今日着ていた服だった。


「警察がもう少し遅かったら、有希はどうなっていたと思ってるんだ!顔も服もボロボロになった娘が泣きながら帰ってきたときの親の気持ちが君にわかるか?その服は君にやる!もう二度と娘の前に現れるな!」


 有希の父親はドアを閉めた。蒼汰はしばらく呆然と立ち尽くしたあと自分のアパートに帰った。何度も有希に謝罪のメッセージを送ったが、有希は携帯を親に取り上げられていたため返事ができなかった。



 その日の夜、日付が変わった頃だった。逮捕された酔っ払いの一人がカフェの前に立っていた。その男は警察から厳重注意の上で釈放されていた。家に戻って酒を飲んでいるうちに逮捕された怒りが込み上げてきた。家にあったガソリンの入った携行缶を持ってカフェまで行った。ドアに鍵がかかっていたため携行缶のガソリンを店の前に撒き、火をつけた。カフェが古い木造建築だったこと、別の酔っ払いがカフェの中で油のようなものを撒いたことで火は瞬く間に燃え広がった。すぐに周囲の人間が気づき、急いで消防に連絡。周囲の建物がカフェと少し離れていたことと、周囲の建物がコンクリートだったこともあり燃え広がることはなかった。が、カフェ兼住宅は全焼。焼け跡からオーナー夫婦の遺体が発見された。



 蒼汰がその事実を知ったのは早朝だった。ボロボロにされたカフェを掃除するためにたどり着いたとき、

その場所には焼け焦げた建物の残骸が山になっていた。ネットの情報を見てオーナー夫婦が火事で亡くなったことを知り、蒼汰はその場で泣き崩れた。


「俺が…、俺のせいで…、俺の…。」


 どんなに涙を流しても目の前の現実は変わらない。大切な場所も大切な人も自分のせいで傷つけて失った。その事実が蒼汰の精神を崩壊させた。


「俺が…、俺がいなかったら…。」


 蒼汰はアパートに戻り、二度と出てくることはなかった…。もう二度と…。



 有希が携帯を親から返してもらったのは次の日の昼だった。ニュースでカフェが燃え、オーナー夫婦が亡くなったことを知り、急いで蒼汰に連絡したが繋がらない。どの連絡手段も返事がない。急いで蒼汰のアパートへ向かった。しかし、部屋には鍵がかかっていた。有希はカフェのあった場所へ向かった。しかし、蒼汰はいなかった。近所の人が朝に泣き崩れていた蒼汰を見たと言っていたので、急いでもう一度蒼汰のアパートへ戻った。電話をかけてみると中から音がした。胸騒ぎがした有希は管理人を呼んでカギを開けてもらった。


「そ、蒼汰さん…。」


 ドアを開けた有希の目に飛び込んできたのは、冷たくなった蒼汰の姿だった。そばには遺書、有希と亡くなったオーナー夫婦への謝罪の言葉が並んでいた。


「な、何で…?何で蒼汰さんが?蒼汰さん、何も悪くないのに…。」


 警察が来るまで有希は蒼汰の遺体から離れなかった。ずっと泣き続けた。警察が蒼汰の遺体を運んで行ったあと、有希は家で泣き続けた。そして、悲しみは憎しみと怒りに変わった。



「あの酔っ払いがいなければ…!あんな騒ぎさえなければ…!」 



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