第十一話 真相
「そろそろか…。」
井ノ上はゆっくりと天井を見上げつぶやいた。頭の中には二つの可能性、その片方になると確信できるのは昨日の相手の声が受話器越しにも関わらず大きく力強く聞こえたからだろう。
「長かった。」
そうつぶやいたとき、インターホンが鳴った。ドアを開けるとそこには電話の相手が立っていた。
「事件の真相にたどり着けたのでそれを説明に来ました。それと、」
「自首していただきたくて来ました。玉さんの知り合いを逮捕したくはありませんから。」
玉川の言葉を遮って川井は玉川の隣に立った。井ノ上は玉川と同じ確かな自信と覚悟を川井から感じた。
「罪状は何だ?」
「自殺幇助、あとは公務執行妨害です。」
静かな声でそう聞いた井ノ上に、川井ははっきりとした声で答えた。井ノ上は静かにうなずき、玉川たちを部屋に迎い入れた。
通された部屋は玉川がいつも通される部屋ではなかった。いつもは井ノ上の書斎かリビングだったが、今日は小さな和室。仏壇があり三人の遺影が飾られている。壁や棚にも家族写真が並ぶ。『思い出の部屋』と名付けられそうな部屋だった。
「やっぱり。」
川井が写真を見てつぶやいた。玉川も頷く。
「ただ、この事実を知っていたとしても真実にたどり着けたかはわからない。」
「じゃあ、どうしてたどり着けたんだ?」
井ノ上が急須と湯呑みを乗せたお盆を持って入って来た。ちゃぶ台に湯呑みを並べ急須でお茶を注ぐ。玉川たちの前にそれを並べると自分は反対側に座った。
「先生が生きていることと、吉川君が死んだこと。あとは先生が何かを隠していると感じたことです。特に先生があの時亡くなっていたら、おそらく真実にはたどり着けなかったと思います。」
玉川の落ち着いた声が響いたあと、井ノ上は力なく笑った。
「死ぬはずだった。死ねるはずだったんだ。私だけ助かってしまった。」
その言葉で二人は自分たちが本当の意味で真実にたどり着いたことを悟った。それを確認するように川井は井ノ上に問いかけた。
「最後に死んだ佐藤以外は本当に全員自殺だったんですか?」
井ノ上は静かにうなずく。
「本当なら吉川君と佐藤は生きているはずだった。そういうシナリオで動いていた。最後の最後、まさか吉川君が裏切るなんて…。」
井ノ上の声に後悔が混じる。その真意を確かめるように今度は玉川が尋ねた。
「本来は吉川君が佐藤に三年前の事件のことを大勢の前で自白させ、その後吉川君が裁判でこの事件の真相を話す。ということだったんですね?」
「ああ。これだけ大きな事件になればマスコミも取り上げるだろう。その裁判で真実が語られれば、この異常な騒ぎも落ち着くはず。そうすれば死んでいったみんなの心も救われる。そう思っていた。そうなるはずだった。」
井ノ上は静かにお茶を飲み、ため息のように息を吐いた。玉川もお茶を飲み同じように息を吐いた。
「あの…、一つのお聞きしたいのですが。」
そう口にしたのは川井だった。井ノ上は優しい笑顔でうなずいた。川井はお茶でのどをうるおしてから聞いた。
「三年前の事件については調べました。ほとんどの人の自殺の理由はわかります。ただ、伊藤さんと吉川さんの理由がわかりません。特に吉川さんは計画を無視してまで佐藤を殺害しています。どうして吉川さんはそこまでしたのでしょうか?」
落ち着くことを意識しながら叫ぶ、そんな声だった。川井は息を大きく吐いて家お茶を飲んだ。それを見届けてから井ノ上は答えた。
「伊藤君の動機はおそらく私と同じだろう。『助けたい命を助けられなかった無力感、それが余りにも大きすぎた』と言っていた。吉川君は簡単だ。『愛する人を奪った相手に復讐したい。』と。」
「愛する人って、それじゃあ…。」
驚く川井を見ながら井ノ上はうなずいてみせた。
「死んだ娘との最後の会話が『会ってほしい人がいる。』だった。そして、確かめる方法はないが吉川君は確かに言った。『僕は娘さんと結婚の約束をしていました。』と。」
玉川も川井も言葉を失った。ただ、それが本当ならばあの吉川君が人を殺した事実も、井ノ上が今回のことに加担した理由も理解できる。
「先生、知っていることを全部話してください。」
玉川が静かに言った。
「お願いします。私たちは事件について確かに調べました。ただ、それは捜査資料などのため心は書かれていないのです。」
川井もそう言って頭を下げた。しばらくの沈黙のあと井ノ上は静かに口を開いた。
「わかった。話そう。あの夜から今日までのことを。」




