第十話 疑えない事実
「あの人は本当に悪い人なんですか?」
酔っぱらいに絡まれていた女性は、後藤彩という名前で駅の近くのカフェで待ち合わせた。第一印象はおとなしい感じで、最初は緊張のせいかはっきりとした答えが返って来なかった。ただ、川井が色々と話しかけているうちにぽつりぽつりと話をしてくれるようになった。そこで川井が事件について説明してみた。それに対する言葉がこれだった。驚いた川井が容疑者について細かく説明。後藤は話を全部聞いた上であの日のことを話しだした。
「駅の近くのインテリアショップで働いていて、あの日は在庫の管理や商品の並べ替えで時間がかかりました。家に帰る前に寄るところがあってあの道を歩いていたら突然あの酔っぱらいに絡まれたんです。近くの建物に引きずり込まれそうになったとき、あの人が現れたんです。私にはあの人が私を助けに来たようにしか見えませんでした。もし、あの人が来なかったらと思うと…。」
その言葉からどれだけの恐怖があったかがわかる。そして助けられたことへの感謝も。川井は「どう思います?」と言いたげな顔でこちらを見た。
「その話を聞く限り、あのときの黒いマントと容疑者の佐藤が同一人物とは考えにくいな。佐藤の犯罪歴から考えても行動は真逆だ。ただ、だとするとやはり酔っぱらいを殺さなかった理由がわからない。先生を殺す予定ならそもそも姿を現さなかった方が良かったはずだから。」
川井は黙って頷き、少し間を開けてから後藤に聞いた。
「黒いマントの人、何かわかることはありませんか?性別とか、身につけていた物とか。」
後藤はコーヒーを飲んで、思い出すように答えた。
「男性なのは確かだと思います。声を聞きましたから。」
「何て言ってたんですか?」
「『お前のようなやつがいなければ!』と。小さな声でしたがはっきりと聞こえました。心から相手を憎んでいないと出せないような声でした。」
「その言葉からしても佐藤とは考えにくいな。」
相槌を打ちながら玉川は考える。
佐藤じゃないとしたら、誰なのか。なぜ先生を刺したのか?
「あと、右手に傷がありました。手首の外側くらいに。大きかったから良く覚えています。あとはわかりません。」
「右手に傷か…。」
玉川がそうつぶやいたとき、川井の手からカップが落ちた。中身が入っていなかったから大事にはならなかったが、すごい音が鳴り店内を騒然とさせた。川井は店内に頭を下げ、店員が次の飲み物を持って来た。川井はそれを飲んで深呼吸をした。
「その話、木村青葉にもしましたか?あなたに私達を紹介した女性です。」
「はい。この話をしたら『知り合いを紹介します。きっと力になってくれます。』と言われましたから。」
「そもそも木村はどうやってあなたを見つけられたのか。何か言ってましたか?」
続いて玉川がが聞いた。後藤は少し考えてから答えた。
「『一度会った人は忘れない。』と言っていたと思います。だから見つけられたと。」
「木村にはそんな能力もあったのか。」
木村の能力にただただ感心した玉川だったが、同時に一つの確信を得た。それはおそらく川井も同じだろう。その後、玉川と川井は後藤に対してそれぞれ質問をしたが、事件に関する情報はなかった。後藤が席を立つ直前、川井は思い出したように聞いた。
「あなたはあの日、どこに寄る予定だったのですか?」
「あの日は、友達の命日だったんです。お墓には行けなさそうだったのでせめて現場にお花だけでもと思っていました。ただ、まさか私も同じことをされそうになるとは思いませんでした。」
「事件だったのですか?」
「はい。三年前のあの日でした。襲われて立体駐車場から落とされたんです。犯人は今回の事件の佐藤という男です。だからこそ私は言いたかったんです。黒いマントの人はあの男のはずがないと。友達を殺した男が私を助けるはずなんてないですから。」
後藤が店を出てから、しばらく沈黙の時間が流れた。それを打ち破るように川井が口を開いた。
「玉さん…。あの、」
そこまで言ったとき、玉川は手で止めた。
「お前の動揺を見ればわかる。たぶん、俺も同じ答えに行き着いた。」
「じゃあ…。」
川井は驚いた顔でそこまで言って、悲しそうな顔でうつむいた。その気持ちも玉川にはよくわかった。
『手首に大きな傷』、玉川たちの知り合いでそれがあるのはただ一人。最後に犯人に刺されたはずの吉川君だ。もし犯人が吉川君だとしたら今まで調べたことが完全にひっくり返ることになる。ただ、
「動機はなんだ?彼が何人も人を殺す動機は。」
混乱する。疑いたくはないが疑うしかない事実。すると、川井が思い出したように口を開いた。
「玉さん。彼女のこと覚えていますか?」
川井は資料を指差す。それは最初の事件の、最初の被害者の写真だった。
「ああ。最初に被害者の名前を見たときは気付かなかったが、あとから資料を見直して確信した。お前と力を合わせて解決した事件だ。」
「彼女が巻き込まれたあの事件の日が、さっきの話の事件と同じ日だったんです。」
玉川は静かに頷いた。
「ああ。それも最近になって知った。まさかあの日に別の事件が起きていたとは思わなかった。」
「あの日は、他にも件事件が起きていたみたいで、すごく慌ただしかったのを覚えています。」
そこまで聞いたとき、玉川はあることに気づいた。それは今まで考えることもなかったが、確かな大きな共通点だ。
「川井、お前に調べてほしいことがある。」
川井に玉川はメモを見せた。
「この年のこの日、起きた事件を全部調べてくれ。被害者も加害者も全部だ。俺も出来る限り調べてみる。」
「この日を全部調べれば、何かわかるんですね?」
真剣な表情の川井に玉川は大きく頷く。今まで止まっていた時間が確かに流れ始めた。
三日後の夜、川井と合流した。お互いに調べた資料を確認してみる。
「玉さん、これって…。」
驚いたまま固まる川井に玉川は頷いた。
「これが現実だ。ここからは俺の推測だが、」
玉川の話を川井は静かに聞いた。全部聞き終わるとがっくりと肩を落とした。
「それが玉さんの答えなんですか?」
「ああ。これが全部の疑問を解決できる唯一の答えだ。」
しばらくの沈黙の後、川井は言った。
「確認しに行きましょう。」
「ああ。それしかないな。」
翌日、二人は向かった。答えを知るために。




