第一話 惨劇
「さあ、パーティの始まりだ!全部ぶっこわしてやる!」
この文字がネットに書かれたとき、誰も想像していなかった。
これから起きる事件がどれだけの恐怖と悲しみを生むことになるのかを。
それは町がハロウィンでにぎわう日曜日の夜だった。場所は亜由比市、亜由比駅前。数年前くらいから何かのイベントのたびに多くの若者が集まるようになっていた。駅前の交差点からショッピングセンターが立ち並ぶメイン通りにかけて若者たちで溢れ、ここ数年は警察や警備会社まで出動する事態になっている。
「まったく。毎度よく騒ぎますね。」
警部補の川井美香は苦笑いでケーキを食べる。
「仕方ないだろ。若者は騒ぎたがるものなんだから。」
そう答えた記者の玉川哲也はコーヒーを飲む。静かな喫茶店の中。客は二人だけだ。
「マスター。すいませんね。いつも居させてもらって。」
奥から現れたマスターに川井がそう言うと、マスターは穏やかに笑った。
「ここ数年、ハロウィンの時期は早めに閉めてるんだ。酔っぱらいとか変な奴らが押し寄せて、店を壊されたらたまらないからね。だから二人の貸し切りにした方が安心して経営できるんだよ。特に川井さんは他の人の倍は飲み食いしてくれるから。」
「そう言ってもらえると助かるよ。」
「なら玉さんももっと注文してあげてくださいよ。」
そんな三人の掛け合いも、もう三年目。玉川は雑誌の記者として、川井はハロウィンの警備のために仕事をしていた。玉川と川井は大学の先輩後輩で川井がこの喫茶店の常連であったこともあり、仕事前にこの場所を使わせてもらっていた。
「さて、そろそろ行きますか。」
「そうだな。お互いに頑張ろう。」
二人が店を出たのは八時過ぎ。ここから明日の明け方まで、お互いに取材と警備で顔を合わせることもない。はずだった。ただ、その日は違った。
「キャー!だ、誰かー!」
「逃げろ!みんな、逃げろ!」
それは突然だった。今までの酔っぱらいの揉め事で聞くものとは全く違う悲鳴だった。川井はすぐに現場に駆けつけた。現場は駅前交差点の真ん中。魔女の仮装をした女性が一人倒れていた。女性のまわりは血の海で、女性の胸には刃物が刺さっていた。
「大丈夫ですか?」
川井の声に応答はない。他の警察官も集まり状況確認などを進めていく。そのとき、
「キャーー!」
再び悲鳴が響いた。今度はメイン通りの方からだ。
「私が行きます。玉さん!一緒に来てください!」
川井がそう言って走り出した。玉川も走る。人混みをかき分けながら進むと人が倒れていた。
「皆さん!離れてください!玉さん!状況を撮影して、あとで警察に提出してください!」
玉川はうなずくと状況を撮影、川井はすぐに応急処置。被害者は男性で仮装はしているが、年齢はやや高めに見えた。応援の警察官が現場に到着したとき、再び悲鳴があがった。
「何なの?一体。」
川井はすぐに走り出した。玉川も後を追う。人混みをかき分けた先に人だかりが見えた。駆け寄ると人が倒れていた。胸には刃物。川井は必死に応急処置。玉川も現場を撮影していく。救急車が到着し、被害者を乗せて走っていった。玉川は撮影したカメラを警察に提出、川井は他の警察官とともに目撃者を捜索した。例年なら若者が騒ぎを起こす時間だが、この日は静まり返っていた。
「玉さん、昨日はご協力ありがとうございました。」
川井が玉川と会えたのは翌日の夕方だった。警察官の中で誰よりも早く現場にいた川井は朝からずっと現場の説明に追われた。ただ、川井自身は応急処置で現場の状況をそこまで把握できているわけではなかった。それを救ったのが玉川のカメラの画像とスマホでの録画映像だった。長時間の状況説明がようやく終わったとき、上司から玉川にカメラを返して来るように言われたのだった。
「そっちもおつかれ。ひどい事件の後に取り調べもどきだったんだろ?カメラならゆっくりで良かったのに。」
そう返事をしながらも玉川からそれ以上励ましの言葉も出なかったのは、朝のニュースで『駅の事件、被害者全員死亡。』を知ったからだろう。責任感の強い川井には辛すぎる結果だった。
「元気出せとは言いにくいけど、だからこそ…、」
「わかってます。急いで犯人を探し出して逮捕してみせます。」
玉川の言葉を遮って川井はそうつぶやいた。ただ、玉川にはそれが不思議に見えた。それは川井の言葉が、「見つけ出す」ではなく「探し出す」だったからだ。
「もう、犯人がわかったのか?」
川井は頷く。
「被害者全員に刺さっていた刃物全部に、はっきりと指紋が残っていました。その指紋をデータベースで調べたところ、以前に強制性交の容疑で逮捕したやつと一致したんですよ。」
川井は捜査資料のコピーを玉川に見せた。本来なら見せられるはずのないものを見せられるのは、玉川がこれまでも事件が起きたときに映像や画像の提供に協力してきたことと、玉川が提供したものが事件の解決に大いに役立ってきたことが理由だった。
「佐藤創志。コイツが犯人なのか?」
玉川が資料に目を通しながら聞いた。川井は頷く。
「おそらく間違いないでしょう。指紋も被害者とコイツのもの以外出てませんし。ネットにも犯行予告みたいなものを書き込んでました。必ず逮捕してみせます。」
川井はそう言うと席を立った。現場付近の捜査に合流するらしい。玉川は川井を見送ったあと、川井が置いて行ってくれた資料を何度も読み返していた。
『被害者三名(年齢は24、53、67)。凶器はアイスピックを加工したもので全員が心臓をひと突きされての失血死。凶器は一人に一本、被害者に刺さった状態で発見。凶器に被害者と犯人のものと思われる指紋あり。犯人の目撃者は今のところ見つからず。』
「何かがおかしい…。」
玉川はそう呟くと歩き出した。『疑問に思うことがあれば調べろ。』がかつての上司の口癖であり、玉川もそれをいつも考えながら仕事をしてきた。
「調べてみよう。」
玉川の取材が始まった。