剣聖の追放
「ブレイブ、お前を俺達のパーティから追放する!」
小さな街の小さな酒場に大きな怒声が反響する。
楽しげに盛り上がっていた空気は、氷水を浴びせられたように静まりかえる。
客達の誰もが、俺達のいるこの空間に冷めた視線を向けていた。
「そんな……どうして? 俺達は、一緒に戦ってきた仲間だろ?」
「はぁ……もしかして気づいてなかったのか? お前が俺達の足を引っ張っていることに!」
「ステータスを見ればわかるでしょ? 私たちはすでにレベル30以上。リーダーに至っては40レベル! それなのに、あなたのレベルは何か、言ってみなさい!」
取り巻きの一人に聞かれた俺は、何度も見慣れたステータスを表示し、読み上げる。
「俺の、今のレベルは…………3だ。だけど、役に立ってきただろう! 一緒に戦って……」
「違う違う、戦ってきた? 勘違いするな。役立たずのお前を、俺達が引っ張ってきたんだ」
「そうよ! あんたなんかを仲間に加えた私たちが馬鹿だったのよ!」
「荷物持ちぐらいにはなるかと思って今まで連れてきたけど、でももう良いわ。私たちは先に行かなきゃいけないの」
「ま、そういうことだ! お前一人じゃこの街まで来れなかったんだから、むしろ感謝して欲しいぐらいだがな!」
リーダーとは、少年学校時代からの悪友だった。
判定の儀で、ともに【前衛】のジョブを与えられてからは、競い合い鍛え合った。
これからもずっと、共に戦い続けるのだと思っていた……のは、どうやら俺だけだったようだ。
「本当に、もう元には戻れないのか?」
「悪いな。お前の代わりはもういるんだ。紹介しよう、こいつは俺達と同じ【前衛】で、レベルは36。お前のなんと、13倍だ!」
「どうも、ブレイブさん。今までご苦労様でした、これからはレベル3らしく、ギルドの職員にでも転職したらどうですか?」
眼鏡を掛けた、高級そうな装備に身を包む剣士が、偉そうに俺のことを見下してくる。
くそっ……ここが戦場だったら、こんな奴に負けるつもりはないのに……!
だが、レベル3の俺がそんなことを言っても、誰も信じてはくれないだろう。
「わかった……今まで世話になった」
「待て、ブレイブ!」
立ち去ろうとする俺の背中に、リーダーの声が掛けられた。
もしかして……などと期待した俺が馬鹿だった。半笑いの顔で振り返ると、ギラついた瞳で口角を上げる顔があった。
「装備はくれてやる。その代わりに有り金は全部置いていけ!」
ああなんてことだ。仲の良かったあの頃のあいつは、もうどこにもいないらしい。
このパーティーを追放されたことよりも、そのことの方が数倍悲しかった。
ため息をつきながら、懐から金貨の入った袋を取り出して、机の上に放り投げる。
「わかった。これは好きに使ってくれ……じゃあな」
一文無しになった俺を、今度こそ引き留める者は一人もいなかった。
◇
後からわかったことなのだが、俺は【前衛】の中でも【剣聖】という超特殊なジョブを持っていた。
剣聖の持つ特性には、仲間の獲得経験値倍増に加え、仲間の剣術レベルをかさ増しする効果もあるらしい。
そして、希少職共通の特徴として、レベルの上がりが極端に遅いのだとか。
そんなことも知らない俺は、街の外で魔物に襲われていた半魔の少女を助け、彼女と共に旅をすることになる。
剣聖として覚醒した俺に「戻ってこい」と頼まれても、もう遅い……わけだが、それはまた別の話。
◇
茶番劇が終わり、一人の勇者が立ち去ると、再び酒場に活気が戻ってきた。
俺の隣に座る少女……ルーナが、机に突っ伏して顔だけをこちらに向けた。
「マヒナ、あいつらどう思う?」
「どうもこうも……お前も鑑定眼を持ってるから、わかってることだろう?」
「そうよね。あのパーティーは、明らかに剣聖のあの子に支えられてたわ」
「ったく、よりによって剣聖かよ、やっかいだな」
俺とルーナは、共に【鑑定士】というジョブを与えられた勇者……だった。
過去形なのは、二人ともすでに勇者としての夢は捨てているからだ。
そもそも鑑定士というのは、数あるジョブの中でも特に追放され率が高いジョブだ。
戦闘能力は低いし、簡単な鑑定なら他のジョブでもできるし、そもそも魔道具で代用することさえできてしまう……
まあ、俺達の話をしてもしょうがないか。
今回パーティーを追放されたのは、ブレイブという、剣聖職の勇者だった。
彼が所属していたのは最近話題になることが多い小規模パーティーで、純粋な剣士のリーダーを中心に、魔剣使いの女性が二人に、さえない剣士が一人というよくある構成だった。
つい最近、第二試練の手前にある中ボスを攻略したということで話題にもなっている。
今回俺達に与えられたミッションは、剣聖の脱退によって瓦解が予想されるパーティの立て直しだ。
ギルドマスターの持つ【未来視】に頼らなくても、あのパーティが長続きしないことは明らかだ。
そして、ギルド職員である俺達は、困っている勇者がいたら助けるのが仕事でもある。
「ねえ、もう自業自得ってことで見捨てない?」
ルーナはやる気なさそうに言う。気持ちはわかるが、そんなことを言ったらそもそも俺達の仕事がない。
「そういうわけにもいかないだろ」
「そうなんだよねー……ちなみに、剣聖の子はどうする?」
「あっちは、放っておけば大丈夫だろ。なにせ【剣聖】なわけだし」
「だよねー……ま、しゃあなし。私たちは給料分の仕事をしますか」
「だな。取りあえず明日は様子見かな」
俺達の気苦労も知らず、剣聖の代わりに新たな剣士を仲間に加えた四人組は、楽しげに笑っていた。
「「はぁ……」」
小さな街の小さな酒屋の片隅で漏れた二人分のため息は、酒場の活気にかき消された。
◇
ギルド職員の朝は早い。
勇者達が訪れる前にギルド全体を清掃し、クエストボードの貼り替えから、特殊クエストの状況確認、勇者達の情報共有など、やることは無限にある。
それは俺達のような特殊な役割が与えられた職員であっても変わらない。
そしてようやく一段落ついた。という頃になって、今度は勇者達が押し寄せてくる。
件のパーティーは、まだ来ない。昨日の酒が抜けていないんじゃなかろうか。
昼頃になって、ようやく監視対象の四人組がギルドに顔を出した。
どうやら新しいクエストを探しているようだ。
クエストボードを物色し、そのまま受け付けカウンターへと向かうのを確認し、俺もゆっくり動き出す。
受付カウンターに先回りした俺は、勇者の対応をしていた職員の肩を軽くつつく。
「……次の勇者は、俺に回してくれ」
「……了解」
俺達ギルド職員は、チームワークだけなら勇者パーティーにも負けていない。
さりげなく退席する職員の座っていた席に、俺は何事もなかったかのように腰掛けた。
ちょうどそのタイミングで、狙い通りにターゲットがやってきた。
「勇者様、なにかお手伝いできることはありますか?」
「おう! 俺達はパーティーメンバーを変更したからな!」
「それはそれは、おめでとうございます」
「それで、小手調べに手頃なクエストをこなしたいんだが、何かおすすめはあるか?」
「そうですね……では、Bランククエストである、植物型モンスターの討伐などは、いかがでしょうか」
「植物型……ああ、あれか! 少し物足りない気もするが……」
「おっしゃるとおり、勇者様の討伐実績からすると少しランクが低いかもしれません……(ですが、ここだけの話ですが、ちょうど魔樹の在庫が不足していまして。ご協力いただければ、報酬をはずませていただきますよ)」
声を潜めて伝えると、勇者くんはみるみるやる気を漲らせていった。
まったく、扱いやすくて助かるぜ。
そんなこんなで、彼らは新メンバーを含めた四人で揃って森の方へと旅立った。
ちなみに俺がこの仕事を紹介した理由は単純だ。
だって、植物型の魔物は反撃してこないからな。急激に戦力が落ちたことは予想できるにせよ、どの程度なのかを見極める必要がある。
まあ、その見極めは、俺じゃなくてルーナの仕事なわけだが。
◇
マヒナ君から連絡を受けた私は、意気揚々と街を出た勇者パーティーを追跡した。
森まではまだ遠いとはいえ、もし道中で強力な魔物に襲われたりしたら、彼らを救出するのも私の役割だ。
じゃんけんで負けた結果とは言え、面倒な仕事を押しつけられてしまった……
とはいえ、幸いなことに勇者パーティーは特にトラブルもなく、植物型の魔物が群生する地点へと到着した。
魔物とはいっても、所詮は植物型。
もの凄く硬かったりすることはあっても、襲ってきたりすることはない。
……さて、じゃあお手並み拝見といこうかな!
リーダーの勇者は、背の高い木の前に立って、高級そうな剣を鞘から抜いた。
「お前ら、見ていろよ! ハーッ! トゥーッ!」
かけ声と共に斜めに振り下ろされた斬撃は、カツンという軽い音と共に硬い樹皮に弾かれた。
いつもとは違う感覚だったのか、傷一つない木と、ビリビリと震える手のひらを交互に見て不思議そうな顔をしているけれど、それが【剣聖】のバフを抜きにした君の実力だよ、残念ながらね。
って、伝えてあげたいところなんだけど、今はまだ簡単には信じてもらえないだろうから。
私たちはただ、見守ることしかできない。
「おかしい……もしかして、前の試練の疲れが抜けていないのか?」
うん、まあその推測は、間違っているんだけど妥当ではあるよね。
「ちょっと、ふざけないでよリーダー、これぐらいの木、いつも通りスパッとやっちゃってよ!」
そう言って、今度は女の子の勇者が木の前に立つ。
魔石の埋め込まれた宝剣を構えると、紫色の雷がパチパチと散り、轟音と共に剣が振られ、同時に弾かれた。
「え、あれ? あれ……?」
おそらく彼女は、いつも通りに剣を振ったつもりなんだと思う。
魔術については、上級魔術師のそれと遜色ないほどに発動できてる。
だが、魔法剣士にとって重要な剣術が、まるで駄目。ま、今まで剣聖の剣術バフに頼りきりだったんだろうね、無意識のうちに。
もう一人の魔剣士少女も似たような感じ。雷属性じゃなくて水属性だったけど、結果は変わらず、傷の一つも付けることができない。
そういう意味で、このパーティーは剣聖込みで初めて成立していたんだろうね。それを教えたところで簡単には信じてくれないだろうけれど。
結局その後、新しく入った剣士も含めた四人で一本の樹を何度も斬りつけて、日が暮れる頃になってようやく素材を一つ手に入れた。
お疲れ様。でも、見てるだけのこっちも相当疲れたんだからね!
とにかく、彼らも街に戻るみたいだし、私は一足先に戻ってマヒナ君に報告しようかな。
◇
「マヒナ君、戻ったよ」
「ルーナか。どうだった?」
「どうもこうも、予想通り。背の高い魔の木を一本倒すのに、丸一日って感じ?」
「だろうな……新しく入った剣士はどうだった?」
「まあ、良くも悪くも普通かな。剣聖の代わりは無理だけど、実力的にはそこそこ」
「つまり、結果的にバランスの良いパーティーになったってことか。あとはどう立て直すかだが……」
今まであのパーティーは、知らないうちに剣聖の強化スキルに頼りきりになってしまっていたようだ。
ある意味それが、彼らにとって最大の不幸だったとも言える。
「とりあえず、ギルマスに報告かな……」
「そだね! じゃ、後はよろしく、マヒナ君! 私は疲れたから、今日はもう帰るね!」
「あ、おい……!」
ルーナは言葉の通り、笑顔で手を振りながら更衣室へと走っていった。
まあ、確かに丸一日の間、動物型の魔物が近づいてこないか見張りながらよちよち歩きの勇者を見守ったのだから、疲れているのは確かなのだろう。
それでも愚痴の一つでも言おうとしたら、ちょうどその四人組のパーティーが帰ってきたところだった。
その表情は、憔悴しているようにも、笑っているようにも見えた。
「あ、職員さん! すいません、せっかく紹介してもらったのに、魔樹を一つしか……」
「まあそういうこともありますよ。換金していきますか?」
「いや……その、聞いてくれ。今日はなんか、変な感じだったんだ。力が入らないっていうか、俺以外の二人も、同じようなことを言っていた」
「それは大変でしたね。ですが……」
「だけど! ……あ、いや。だけど、これも変な話なんだが、何度も何度も剣を振り回していると、どんどん疲れが溜まっていく。そりゃ当たり前って思うだろ? だけど、それがなんか楽しいんだ。まるで今までは剣に操られていたみたいに!」
ああ、こいつらはなんだかんだ、大丈夫なのかも知れないな。
もちろん、剣聖込みの頃と比べたら、圧倒的に弱くなっている。
受けられるクエストのレベルも、天と地ほどの差になるだろう。
だけど、これからだ。
今はまだ弱くても、強くなれる素質が、彼らにはある。
紛いなりにも剣聖の仲間ということか?
勇者を止めて久しい俺には、わからない。
ギルド職員として俺は、彼らをしっかり支えていかなきゃいけないな。
小さな街の小さなギルドの受付で、俺は一人、改めて決意を固めた。
※思いつきで書いただけなので、今のところ続きはありません。