勇者、凱旋する
イヴリスが人間の村に到着した頃、人間界では魔王討伐の吉報が各国に届きどこもかしこも歓喜に沸いていた。その中でも特に沸いていたのは勇者を生み出している国、セルビニア王国であった
国の中枢である王都では魔王死亡が明らかになるとその日から祝祭が三日三晩行われた。そんな王都に魔王国へ攻め込み死闘を繰り広げてきた勇者軍が凱旋してきた
「勇者様達が帰ってきたぞぉー!!」
城壁で見張り番をしていた者が声高らかに叫ぶと国民達は城門の方へと集まりだした。城門がゆっくりと開き勇者軍の姿が確認されると割れんばかりの歓声が上がり、誰が用意したのか勇者軍が通ると皆手に持っていた紙吹雪を力一杯に投げて温かく迎えた
激戦を繰り広げて帰って来た勇者軍は正に英雄の様な扱いを受けたことによって疲れ切っていた体が嘘のように軽くなり、各々が国民に向かって大手を振って期待に応えた
「勇者様こっち向いてー!」
その中でも一際称賛を浴びたのがやはり勇者だった。敵の大将である魔王イヴリスを討ったことは全人類にとっての悲願であり、その魔王を討ったのが自国の勇者だというのだから当然の結果である
目が見えない勇者は称賛を送ってくれた人に軽く会釈だけして目的の場所へと進んで行った
帰還してきた勇者軍が向かう場所、それは中央に聳え立ち王族が住まう城である
魔王討伐を祝して国王が勇者軍に褒賞とは別に豪勢な料理を用意してくれているとの事だったので全員で城へ向かっている。国を離れている間兵達の食事は保存食等の味気のないものばかり、それに対して城で振る舞われる料理は一流のシェフ達が作っているので比較にならない。今回はそれに加えて勝利を収めた後の食事となるのだからより一層格別なものとなるだろう
城に到着すると衛兵達が祝勝会の場へと誘導してきたので勇者も他の者と同様にそこへ移動しようとすると、勇者のみが衛兵に呼び止められた
「勇者アリシア様、帰還後早々に申し訳無いのですが国王様がお呼びです」
「・・・分かりました、すぐに向かいます。案内して下さい」
目の前のご馳走を食す前に国王への挨拶を済ませる為勇者は他の者達とは別の場所へと向かった。何処へ向かうかは告げられなくても勇者は謁見する度にそこを訪れているのでおおよそは理解しているが、城の中は入り組んでいて迷路の様になっていて慣れていないと道を誤ってしまい迷う恐れがあるので案内役が必要となる
そこは勇者にとってあまり好む場所ではないが国王と謁見する為の儀式のようなものだと割り切って付いていく。目的の場所に到着するまでにそこそこの時間を要する、その間勇者は食事の事ばかり考えていた。正直国王へ挨拶に行くよりも早く食事をしたいというのが正直な気持ちだった
勇者に就任した時のパーティに一度だけ城で出された料理を口にしたが今でもその味が忘れられず、あの料理がをもう一度味わうことが出来ると思い道中そればかり考えていた程。しかしその場を設けてくれているのは国王、食事よりも何よりも先に帰ってきたのなら挨拶をしないと不敬だと捉えられてしまう
口から漏れそうな涎を飲み込みながら長い通路を歩いていくとようやく目的の場所に到着した。部屋には数人のメイドが勇者を出迎えた。今から行われるのは国王に謁見する為の身支度でありこのメイド達はそのお手伝いを言いつけられている者達
国王に挨拶をするにはやはりそれなりの身なりでないといけない。戦いでボロボロになった装備を脱ぎ捨て服を脱ぎ、勇者が来る時間に合わせて準備されていた浴室へと入る
激しい戦闘の連続で汚れた体がメイドの馴れた手つきによって丁寧に洗われていく。人に体を洗ってもらうなど貴族でもない人間がやられるのは正直恥ずかしいし申し訳ない気持ちになる。が、これもメイド達の仕事でありそれを拒むわけにもいかないのでどうにか我慢し続けた
ようやく湯浴みを終えたら今度は服を決める。特に決まりはないが女性であればドレスを着るのが一般的、だがドレスなんて細くてスタイルのいい貴婦人が着るものであって鍛え上げた自分の体には似つかわしくない。それに目の見えない勇者にはドレスは踏んで転んでしまう可能性もあったのでいつも男性と変わらぬ格好で謁見をしていた
「準備が整いました。どうぞお進み下さい」
身支度を終え外で待っていた衛兵に玉座の間まで連れていかれる。扉の前で待つよう言われて少しすると扉が開き進むよう指示された
絨毯の様な感触の上を進んでいくとその前方で魔力を感じ取った。幾度か謁見しているので記憶している、この国の王であるクロッサス・フォン・ウィンストン国王だ。国王の近くまで行き、その場で膝をつき頭を垂れると国王の方から語りかけてきた
「よく戻ってきたな勇者アリシアよ、此度の魔王討伐誠に大儀であった。今回の勝報で我が国の民達も大いに沸いているぞ」
「勿体ないお言葉です国王陛下、魔王を討つことが出来たのも陛下に貸して頂いた国の至宝である聖剣のお陰であります」
「うむ、しかし未だ魔王国は主力を残している。引き続き勇者としての務めを全うしてくれ」
普段は当たり障りのない挨拶や近況報告などで謁見は数分程で終わるが、この日は流石に魔王討伐という功績を抱えて戻ってきた事もあって普段よりも長い時間謁見が行われた
帰ってきたばかりで長時間に渡る報告は地味に体に響いた。国王への挨拶が無事終わりようやく食事にありつくことが出来ると思った矢先、アリシアにとってあまり得意ではない相手が目の前に現れた
「魔王討伐おめでとうございます勇者様」
「その声・・・フェリックスですか」
「おいおい、そんな露骨に嫌な顔をするなよ。傷つくじゃないか」
フェリックス・シュトラール、この男は勇者に選ばれなかった者である
アリシアは突然勇者に選ばれたわけではない。勇者になる為に国が作った教育機関で過酷な訓練を耐え抜き、選ばれた者達の中でトップの成績を収めたことによって勇者となったのだ
フェリックスはその同期でありアリシアに次いでの成績優秀者、今はこの城で近衛騎士の隊長を任されているのだがアリシアを見つけると何かと突っかかってくる。その理由は彼女の目にあった
「いいよなぁ勇者様はチヤホヤされて。こちとら毎日王様の警護で忙しいってのに。禁書庫の禁術を使って勇者になった卑怯者が称賛を浴びるなんて間違ってるよなぁ。その称賛は本来なら僕が受けるものだったのに」
アリシアが使用した禁術は城の禁書庫という場所に保管されているもので、そこへ入るには王からの許可が必要となる。アリシアはその手順を踏んで禁書庫に入っているので問題はない。けれどアリシアがいなければ勇者になることが出来ていたフェリックスにはそれが不満に感じていた
「私は死ぬ覚悟もして禁術を使った。それでその賭けに勝った。貴方には命を賭ける覚悟がなかっただけではないですか」
「チッ・・・!異常者が」
自身の体の一部を代償としなくてはならない禁術、しかしそれは発動する条件であって成功するかはまた別の話。成功確率は半分にも満たず、成功すればアリシアの様に強大な力を手に入れられるが失敗すると力が抑えきれず体が内側から破裂し死に至る。そんな高いリスクを承知でアリシアは迷わず禁術を使用したのだからフェリックスの言う通り異常者なのかもしれない
だがそれ位しなければ魔王を倒すなんて到底不可能だとアリシアは思っている。アリシアが勇者として選ばれたのは力だけでなく覚悟の差があったのだと自負していた
これ以上フェリックスと話したらこの後の料理の味を損ねてしまうと感じたアリシアは一瞥すること無くその場をあとにした
「まぁせいぜい今のうちにいい気分を味わっておくんだな。必ずお前を地獄に叩き落としてやる」
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