処刑前夜
王都のとある一角には地下へと繋がる通路が存在し、その通路を進んでいくと厳重に警備された扉が現れる。その扉を開け更に奥へ進むとそこにはこの国の脅威になり得る囚人達が収監されている
勇者アリシアはその一番奥に収監されており両手足が鎖で繋がれている状態、陽の光が一切届かない場所に拘束され続けることかれこれ一週間が経過した。外の様子を見ることが出来ないのにも関わらず日数の経過を知ることをできたのは、警備をしている兵士が朝と夜の交代のタイミングで食事を運んできたから
食事といっても勇者としてもてなされていた時のような充実した料理とは程遠く、カビが生えているパンと野菜の切れ端を煮込んだ薄味のスープのみ。それでも貰えるだけマシというものだった
(どうしてこんな事になってしまったのか)
アリシアは牢に入れられている間自分の行いを思い返していた。あの日故郷を滅ぼされていなければ普通の女の子として生きていき、いずれは同郷の人と添い遂げ自身の子と共に幸せな生活を送れていたかもしれない
だがそんな未来は永劫訪れることはないと自分に言い聞かせ、魔王を倒す事だけに人生を費やしてきた。だがその先に待っていたのは魔王と裏で繋がっていたという事実無根な反逆罪で下された死罪という判決
当然それに異を唱えたが、証拠を突きつけられた上でこちらの訴えは全て棄却されてしまった。何者かによって仕組まれたものだとすぐに理解したが、魔王の生存が確認されたという事実がそれらの虚言の信憑性を増す結果となってしまった
(やっぱりあの時の違和感は勘違いじゃなかった。そこを利用されたということですか)
魔王を倒したあの時にもっと注意を払っていればこのような結果にはなっていなかったかもしれない
今更考えても仕方がない事を牢の中にいる間延々と考えていると、扉が開き誰かがやって来る足音が聞こえてきた。いつもの交代のタイミングにしては早く感じたので耳を澄ましていると、その足音はアリシアの前までやって来たところで鳴り止んだ
「やぁ勇者様。いや、今は元勇者様の方が正しいか」
「フェリックス・・・何か用ですか?」
アリシアの元にやって来たのはかつて同じく勇者を目指した現近衛騎士隊長フェリックス。フェリックスは牢で鎖に繋がれたアリシアを見ると愉快気に笑みを浮かべた
「おいおい随分な言い草じゃないか、最後の晩餐を持ってきてやったというのに」
「用が済んだのなら戻られてはどうですか。騎士隊長にこのような場所は相応しくないのでは?」
「やれやれ、こんな状況でも相変わらずだな。俺はお前がどんな顔をしているのか拝みに来たんだよ。国を裏切った勇者など前代未聞だろうからな」
フェリックスはそう言った後牢に近づきアリシアにしか聞こえないようなか細い声で呟いた
「お前さえいなければこんな事をする必要はなかったんだ。恨むのなら自分を恨むんだな」
「・・・貴方の仕業だったんですか」
自分を陥れたのがフェリックスだと知ったアリシアは静かに睨む。それに対してフェリックスは一笑に付して去っていった
「明日の処刑が楽しみだ。せいぜいその時までそこで神にでも祈っているんだな」
フェリックスが消えると辺りは静寂に包まれた。命の灯が尽きるまで残り僅か、アリシアは特に何かをするわけでもなくその時が来るのをただ静かに待っていた
一方その頃、王都にやって来て情報収集をしていたイヴリスとルインは宿をとってそこで明日の勇者救出作戦を考えていた
「さて、酔っ払い共から色々と話を聞いたわけだが・・・これはどういう事だ?」
「なんだかあるじ達が人間の町や村を消して回ってることになってたね」
人間達から聞いた話によるとどうやら最近王国の村や町が襲撃に遭っているらしい。それで襲撃犯の正体というのが魔王軍となっていて、その手引きをしたのが勇者アリシアだということになっている
当然だが魔王軍はそんな行為には及んでいない。魔王軍は攻め入ってきた勇者軍に対して容赦はしなかったが、こちら側から王国に侵攻した事など一度もない。それはイヴリス自身がそうしないよう禁止していたからだ
「誰だか知らないがこちら側に罪を擦りつけてくるとはいい度胸だ。だがそんな事よりも勇者の収監場所だ」
「誰も知らなかったねぇ」
勇者は通常の犯罪人とは別の場所に収監されているということだけは分かった。しかしそこに繋がる道は一部の者しか知らされていないらしく、誰に聞いてもその場所を知る者はいなかった
残された時間が僅かな中どうしたものかと無い頭を振り絞り続けていたイヴリスは限界を迎えた
「やめだやめだ、小賢しいことを考えるのは止めよう。どうせ勇者の処刑は公衆の面前で執り行われるんだからそのタイミングを狙えばいいだろう」
アリシアの周りの警備の目は厳しいだろうがイヴリスであればそれを掻い潜ることなど造作もない。方針を固めたらあとは明日に備えて寝るだけ、ベッドに入り眠りにつこうとするとルインが問いかけてきた
「あるじ、本当に勇者の事助けるの?」
「そうだが今更どうした」
「勇者ってあるじの敵でしょ?助けてもまた敵としてあるじを倒しにくるんじゃないの?」
確かに助けたところで敵対関係であることには変わりない。今こうして動いているのは心の中で引っかかっている疑問を解消したいというイヴリスのエゴのようなもの
「まぁ心配するな、例え再び戦う事になろうと負けることは有り得ないさ。なんたって私は最強だからな!」
「わふー!あるじはさいきょー!」
「さっ、明日に備えてもう寝るぞ」
そう促してルインを寝かしつけ自身も眠りにつこうとしたが明日の事を考えていたら眠れず、一睡もしないまま勇者処刑の日を迎えることとなった
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