魔王、森を彷徨い少女に出会う
イヴリスが魔王国からの逃亡を図った日から二週間が経過しようとしている。あれから誰も自分の事を知らないような場所を目指し魔王国領から出ることを決め、追手に見つからないようヒッソリと行動していた。しかしそう簡単には逃してくれないのがマリア、イヴリスが魔王国領から抜け出そうとするのは想定済みで彼女が逃げそうな場所に片っ端から配下達を配置させて監視の目を光らせていた
各箇所にマリアが作り出した数百の強力なゴーレムに加え魔王四天王と呼ばれているマリアの次に力のある4人の配下がおり、その戦力は最早勇者軍を容易に壊滅させることができる程のものだった。しかしそれだけの戦力を準備して尚イヴリスを足止めする程度にしかならない
当然マリアはそれを理解した上で配下達を配備させている。自分が来るまでの時間稼ぎとして利用し連絡を受けた場所に転移魔法を使って瞬時に移動、あらゆる手を使ってイヴリスを捕らえる戦法だ
マリアからはどこに逃げようとも居場所を突き止めて魔王国に連れ戻してやるという強い執念が感じられた
けれどイヴリスはその包囲網に対して正体を明かすことなく突破した。イヴリスは自身の姿を自由自在に変えることができ自分の姿をその辺りにいた配下と同じ姿に変え、魔力を完全に消してしまうと逆にバレてしまう恐れがあるので極限まで抑えて堂々と配下達の包囲網を抜けていった。そうしてイヴリスは誰にも気づかれることなく魔王国領を抜け出すことができた
そこまでは順調そのもの。が、問題はここからだった。現在イヴリスは飢餓状態に陥って餓死寸前にまでなってしまっていたのだ
「は・・・腹が減った・・・」
魔王国領を抜け出した後イヴリスが逃げ込んだのは未開の森。始めは身を隠しながら進むにはうってつけだと思い意気揚々と進んでいったのだが、行けども行けども森から抜け出すことができず途方に暮れていた。どれだけ直線に走ろうと一向に景色は変わらずならばと空を飛ぼうとしても魔法が使用できずそれも不可能。この森に入った時には気にしなかったがこの森の中には常に薄い霧が蔓延していてどうやらそれが魔法の発動を阻害しているとあとになって気がついた。魔王国領を抜け出して油断していたのか思わぬ場所に迷い込んでしまっていた
イヴリスが最後に口にしたのは森に入った際に見つけたキノコ。いい香りを放っていたのでこれは食べられるだろうと安易に口にしたらとてつもない腹痛に襲われてしまい、それ以降山菜の類には手を出せないでいる
これだけ広大な森にも関わらず入った時から水の流れる音や獣の鳴き声すら聞こえず、変わり映えのしない森をただ一人で何日も彷徨っているうちにイヴリスはとうとう限界を迎えてその場で倒れてしまった。お腹が空きすぎてで力が入らずもう一歩も歩く事が出来ない
「ふっ、まさかこんなよく分からない森が私の墓場となるとはな・・・」
今までどんな敵だろうと負けることがなかった魔王の最後が餓死とは誰も想像できないだろう。自分でもまさかこんな間抜けな最後になろうとは思いもよらなかった
腹から鳴る音を森中に響かせながら空を見上げるとちょうど真上に陽が昇っていて僅かな木漏れ日がイヴリスを照らした
動けない体で陽が傾いてく様子を眺めながらただ最後の時待つ。すると奥の茂みからこちらに向かって来る足音が聞こえてきた
この森で初めて聞く自分以外の足音、茂みを掻き分ける音からしてそこまで大きくはない。獣であればこの際生肉だろうと倒して食ってやろうとイヴリスは考えていたが、茂みから姿を現したのは獣などではなくまだ年端も行かない少女だった
「大丈夫・・・?お姉ちゃん」
倒れているイヴリスを警戒しているのか少女は木の陰に隠れながら様子を窺っていた。魔王だとは気づかれていないようで声を上げて助けを呼ぶようなことはしてこない
少女と暫しの間見つめ合っていると再び大きなお腹の音が森の中に木霊した。最早まともに思考を巡らすこともままならない
イヴリスのお腹の音を聞いた少女はそこで初めて動きを見せた。少女はイヴリスの元に近寄っていきおもむろに肩に提げていたボロボロの鞄から何かを取り出すような仕草をし始めた
「あの・・・少ししかないんだけど良かったらこれ、食べる?」
少女が鞄から取り出した小箱を開けるとその中にはサンドイッチが敷き詰められていた。イヴリスはそれを見た途端箱ごと受け取り夢中になって頬張った。パンはパサパサしていて中に入っている具は極薄に切られたハムとしなしなになった葉野菜のみ。普段であれば空腹であっても口にしないだろうが今のイヴリスにとっては天の恵みにも等しかった
慌てて食べたせいで喉に詰まらせてしまうが、そこへ更に少女が水まで提供してくれた。水で口の中を潤しながら一つ、また一つと平らげていき箱にあったサンドイッチをあっという間に完食してしまった
腹が満たされようやく落ち着きを取り戻したイヴリスは名も知らぬ少女に頭を下げた
「ふぅ・・・いやぁ助かった!お前が見つけてくれなかったら私はあのままここで野垂れ死ぬところだったぞ。えーっと・・・お前名前は?」
「私の名前はルカだよ」
「そうかルカよ、食料を恵んでくれたこと感謝するぞ。私の名はえーっと・・・イヴだ」
危うく自分の名を名乗りかけたが流石に本名はまずいと思い咄嗟に偽名を名乗る
ルカから聞いた話によるとこの森はどうやら迷いの森という名がつけられている場所らしく、知らずに森に入った者は皆死ぬまでこの森を彷徨い続けるそうだ。何故ルカがこの場にいるかというと、この森を抜けるには決められたルートを通らないといけないそうでその道はルカが住む村の者達しか知らないらしい
渡りに船とは正にこの事、イヴリスは森から抜けたいが為に人間の少女相手に頭を地面に擦り付けた
「頼むルカ!森を抜ける為に私も同行させてくれ!」
「うん、いい・・・きゃああ!お、お姉ちゃん!後ろ!」
ルカが返答しようとしたその直後、突然悲鳴を上げだした。視線はイヴリスの背後、振り返るとそこには体長3メートルは優に超えているであろう巨大な熊が二足歩行で立っていた
熊はこちらが気づいたのと同時に前脚を大きく振り上げてイヴリスを潰そうと攻撃を仕掛けてきた
「ヴォオオオオオオオ!!!」
「うるっせぇ!邪魔するな!」
「ギャウン!」
わざわざ頭を下げてまで頼み込んでいるというのにその邪魔をされたイヴリスは怒り攻撃してきた熊にカウンターを決めた。ノーガードでモロにイヴリスの拳を食らった熊は吹き飛ばされ、木に衝突したところで倒れて動かなくなった
熊を沈め邪魔者がいなくなった後でふと我に返る。今のでルカが怯えて同行を拒否され逃げられたら今度こそ詰んでしまう
恐る恐るルカの方にと目を向ける。しかし予想に反してルカはイヴリスを見て目を輝かせていた
「す・・・すごーい!!あんな大っきいの倒しちゃうなんねお姉ちゃんすっごく強いんだね!」
「そ・・・そうだろう!あんな奴私の手にかかればちょちょいのちょいよ!」
どうなることかと肝を冷やしたがイヴリスの心配は杞憂に終わった。こうしてイヴリスはルカの案内により森を抜け出すことが出来たのだった
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