魔王、逃亡する
勇者との戦いに敗北してしまったイヴリス。魔王が倒されたと聞かされた配下達は事実を受け止められない様子のまま魔王国に退避、対する勇者軍は魔王討伐の吉報によりかつてない程士気が上がりその勢いのまま魔王国を攻め落とそうと侵攻してくる
長年優位だった立場が魔王一人倒された事により一気に形勢逆転、とはいかせないのが魔王軍。退避してきた最後の配下が魔王国領に入った瞬間、勇者軍の侵攻を阻むように目の前に巨大な防壁が築かれた
「な、なんだこれは!!」
「不落防壁」
突如として現れた巨大な壁が立ちはだかったことによって勇者軍の勢いは完全に沈黙、その光景を見下ろしながら防壁の頂上から姿を現したのはこの巨大な壁を生み出した張本人であり勇者軍の前に立ちはだかるもう一人の大きな壁である魔王の右腕マリアだった
「聞け人間共、これ以上我等の国に攻め入ろうとするのなら魔王の右腕であるこの私、マリア・ローズが貴様等の相手をしてやろう」
「吸血王・・・!」
吸血王というのは人間達の間で名付けられたマリアの二つ名、マリアは拾われた後イヴリスに頼み壮絶な訓練を受けたことによって今の力を手に入れた。そしてその力を行使して単身でヴァンパイアの国へと乗り込み、自らの手によってヴァンパイアの国を手中に収めた。マリアを迫害していた者達には制裁を、残りの元々マリアに対して敵対的ではなかった者と完全に服従することを誓った者はそのままマリアの下についている。その話が流れ流れ人間の耳にも入り吸血王という二つ名がつけられた
そう、魔王を倒したとはいえ勇者軍には目の前の壁のようにまだ障壁が残っているのだ。魔王の右腕であるマリアが魔王程の力を有していなかったとしても実力は確かなもの、加えて未だ大半の配下は健在で手を焼く強者がまだまだ多く存在している
極めつけはマリアが生み出した防壁、不落防壁は魔力の密度によって強度が変化する魔法で通常は広範囲に作り出すとその分必要魔力が多くなり魔力を全体にいき渡らせるだけでも至難の業となる。たとえ作り出せたとしても魔力の密度が低いと脆い壁が出来上がるだけで防壁の意味を成さない
しかしマリアが作り出した壁は魔王国を覆う程の大規模にも関わらずどれだけ攻撃しようとかすり傷すらつけることができない程堅牢な作り。それはつまり広範囲に高密度の魔力を均一に流し込んでいるということでありこの防壁を見るだけでどれほど魔力を精密に使えているかが窺える
魔王の影に隠れていたが吸血王もまた十分化け物の類に該当する存在だと勇者軍は再認識させられる。魔王を倒したことで士気は上がっているものの半数は疲労困憊な状態、更に最大戦力である勇者も魔王との戦いの直後で暫く戦うことが出来ない
勇者の代わりに全体の指示を務めていた指揮官は暫しの逡巡の後、兵の状態等を鑑みてここから魔王国を攻め落とす事は困難と判断し魔王国領から撤退していった。苦渋の決断であったが今回最大の壁であった魔王を倒したという偉業を成し遂げただけでも十分すぎる程の成果、この吉報を持ち帰れば世界中の人々が歓喜することは間違いない
魔王国を攻め落とすのは兵を万全な状態に回復させてからでも遅くはない、元々魔王の配下達は魔王の強さに魅了されて集まった者達ばかり。親玉を失った魔王軍は統率力が失われきっと内側から瓦解していくだろうという
魔王国を背に撤退していく勇者軍、その様子を物陰から観察している一人の女性の姿があった
「うんうん、上手く騙せたようだな。マリアのお陰で他の者達も無事なようだ。さて、今のうちに逃げるとするかな」
そこにいたのは紛れもなく今しがた勇者に倒された筈である魔王イヴリス、彼女の体には勇者につけられた傷は一切ついていなかった
勇者が倒したのは自己像幻視という魔法で作り出したイヴリスの分身体、発動者の魔力を分け与えることによって思考を共有させたり一時的に魔法等を使用することができる。イヴリスは攻撃を食らう直前に身代わりとして自己像幻視を発動し瞬時に入れ替わり、"魔力隠形"で索敵から逃れて姿を隠していた
ここまで全てイヴリスの計画通り、あとは誰にも見つからずにここから立ち去るだけだった
「あらイヴリス、どこに行くのかしら?」
「決まってるだろ、他の者にバレないようにここからトンズラするんだ。特にマリアなんかにバレたら地の果てまで追って来そうだし・・・な・・・」
立ち去ろうとしていたイヴリスは背後から聞き慣れた声に呼び止められ思わず体が固まる。恐る恐る振り返るとそこには先程まで壁の上で勇者軍を威圧していたマリアの姿があった
「マリア!お前どうしてここに!」
「アンタが使ったのと同じ魔法よ、少し考えれば分かるでしょ。そんな事よりイヴリスさっきのはどういうつもりよ!」
マリアを鍛えたのはイヴリス、なのでイヴリスが使える魔法はマリアも大半は扱うことができる。順調かに思えた計画はマリアが現れたことによって頓挫、その上配下達が魔王国の方からやって来るのを確認した
「魔王様!無事だったんスね!魔王様がやられたとか聞かされた時はヒヤヒヤしましたよぉ」
このまま大人しく捕まり魔王国に戻ってしまったらマリアによる監視付きの生活が始まりまた退屈した日々に戻ってしまう。そう思った時にはイヴリスの体は反射的に動いていた
「あっ!逃げた!追えお前達!」
「面倒な事しないで最初からこうすればよかったんだ!捕まえられるものなら捕まえてみろー!」
マリアに命じられ一瞬の隙を突いて逃亡を図ったイヴリスを追いかける配下達。しかし本気で逃げる魔王に追いつける者はおらず、あっという間に姿が見えなくなってしまった。遥か彼方に消えたイヴリスに向けてマリアは肩を震わせながら声を張り上げた
「絶対見つけ出してとっ捕まえてやるー!」
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