魔王、木材を調達する
イヴリスが人材を探しに町へと出掛ける数日前、一時帰還し束の間の休息を謳歌していた勇者軍は魔王軍の残党を討とうと再び魔王国を目指し出陣していた
「あーあ、もっと王都にいたかったなぁ」
「また暫く優雅な生活とはおさらばだな。まっ、相手さんは大将がやられて混乱しているだろうしサクッと勝って戻ってこれるだろ。なんたってこっちにはあの魔王を倒した勇者様がいるんだからよ」
魔王イヴリスを討ち取ったことで気が緩みきってしまっている勇者軍、緊張感の無さからか自然と魔王国へと向かう足並みが乱れていた
今回この隊に配置されている兵士達は前回後方の予備部隊にいた者達、なので勇者が魔王を倒したという報告を聞いただけで実際どれだけの闘いを繰り広げたかまでは聞かされていない。故に今回の目的である魔王の右腕、マリアにも悠々と勝利を収められると思っている
「あいつら・・・ここがまだ王国領だとはいえ気が緩みすぎているな。こういう時こそ気を引き締めなければならないというのに」
「そう堅いこと言いなさんな。ずっと気張ってたら疲れちゃっていざという時に使えないだろ?気楽に行こうよ気楽に」
他の兵士よりも上等な装備を身に着け騎馬で先導しながら話しているこの2人は勇者軍第二軍団長アベル・ベイカーと第三軍団長のジェイク・フローレス。前回魔王軍との戦いの際に右翼の軍を任されていた二将である
先の戦いで勇者と共に中央で戦っていた軍の被害が大きかった為、今回この二軍が中央へと配置された。そして先頭には魔王を討ち果たした勇者
その勇者をアベルはジッ見つめていた。勇者に熱い視線を送っていたアベルに気づいたジェイクがからかう
「なんだアベル、お前さんああいうのがタイプなのかい?」
「お前の頭はそういうのしか思い浮かばないのか?私が考えていた魔王の生死についてだ。勇者様が魔王を倒しそれを目撃していた者達も大勢いる。だが何故遺体は回収されなかった?」
「相手さんが魔王の遺体を先に回収しちゃったんじゃないの?死亡はしっかりと確認したみたいだし俺らが回収する必要性でもあったのか?」
「・・・魔王のあの強力な力を我が物にしようとしているお偉い方にいるそうだ。なんでも魔王の血を飲めば不老不死になれるだの強大な魔力を手に入れられるだのどれも眉唾物の噂だが、上の人間達はその話を信じているらしい。世界平和の為とか大層な事を掲げているが実際のところはそっちが本命なんだろうな」
人ではどう足掻いても到達し得ない魔王の魔力、その絶対的な魔力を手に入れ不老不死となることが出来れば他の国への牽制にもなる。そしてそれを考えているのは恐らくセルビニア王国だけでなく魔王討伐に参戦していた他国も同様、魔王を討ち平和を得ようと本気で戦っていたのは下の者達だけで、その裏では色々な思惑が交錯していた
「アベル、お前そんな話どこで聞いたんだ?」
「王城でたまたま国王と宰相が話していたのを聞いてしまってな。勇者様が謁見を終えた後にそんな話をしていたんだ」
「上の思惑で動かされる身になって欲しいもんだねぇ・・・早く女のケツを追いながら平和に暮らせる世の中になって欲しいもんだ」
この先面倒な事になりそうな予感をひしひしと感じながら馬を走らせる二将。勇者軍と魔王国との火蓋が再び切られる日が刻一刻と迫っている一方で、イヴリス達がいる村では家作りが始まろうとしていた
「さて、まずは家に使う材木の調達からじゃな」
「材木ならそこら辺に生えている樹を使って問題ないだろう」
2人が家を建てるのに必要な樹を求め森の中に足を踏み入れようとすると、樹の中から突然ネイチェルが現れ止めに入ってきた
「ちょっとちょっと!待って下さい!」
「わぁ!なんじゃ!もしかして樹木精霊か!」
「そういえばまだ紹介していなかったな。この森近辺を住処としている樹木精霊の・・・なんだっけ?」
「ネイチェルです!そんなことよりここの樹は切り落とさないで下さい!」
話を聞くとなんでもこの辺り一帯はネイチェルが管理している場所らしく、ここの樹を切ってしまうとネイチェルの力が弱まり育てている野菜達にも影響が出るという。そうなってしまったらイヴリス達も困ってしまうので、ネイチェルに切り落としても問題ない場所を案内してもらいそこから材木を調達することとなった
目的の場所に到着するとゴルドが持ってきていた袋から道具を取り出し始めた。ゴルドが手にしたのは自分の背丈と同じ位はある斧、銀色に輝くその斧は年季が入ってはいるがしっかりと手入れがされていて刃こぼれひとつ見当たらなかった
「ほぉ、それがお前の道具か」
「そうじゃ、ここに刻まれている刻印がドワーフ製の証でな、代々儂の家系で受け継がれてきた道具の1つなんじゃ。まぁ今の儂には過ぎた代物じゃがな」
ゴルドはそう言いながら感触を確かめるように数度素振した後、斧を振りかぶり目の前の樹に狙いを定め叩きつけた
ドワーフ族は小柄な体型をしているが、その体からは想像も出来ない程の膂力を持ち合わせていて自分の何倍もの大きさがある丸太等も軽く持ち上げることができる
それだけの力を持っているドワーフの一振り、あっという間に樹に切れ目が入っていき受け口ができる。半分近くまでいったところで今度は反対側に追い口を作っていく。最後に受け口側に押すことでようやく一本目を伐採することができた
「よしっ、まず一本じゃな。今日中に一軒分位は切り落とすするからの」
「家ひとつ建てるのにはどれ位の樹を切らなくてはいけないんだ?」
「そうじゃなぁ、多く見積もって80本位といったところじゃろうか」
「そんなに必要なのか。そうするとさっきの様なやり方だと少し非効率だな。どれ、ここは私が手を貸してやるから少し後ろに下がっていろ」
村の人口はイヴリス達を合わせて22人で建て直す家の数は8軒、単純計算で640本もの樹を切らなくてはいけないということになる。それだけの数となると用意するだけで何日もかかってしまうのでイヴリスが手助けに入ることにした
イヴリスはゴルドの前に立つと手を前に出し、樹に向けて一本の線を書くように動かし始めた。たったそれだけの動きで何が出来るのかと後ろで見守っていたゴルドはただただ困惑するしかなかった
「イヴ殿一体何をしているんじゃ?」
「あぁ、終わったら樹を押してみろ」
イヴリスに言われた通り樹を軽く押してみると、樹が傾き始め連鎖して次々と倒れていった。イヴリスが使ったのは風の魔法エアロカッター。誰でも使える様な簡単な魔法だがイヴリスが使うと何百という樹を同時に切ることができる
何が起こったのか理解出来ないゴルドはその光景を口を開けて眺めるしかなかった
「これで時間短縮、細かい作業は苦手だから任せるぞ」
「イヴ殿は本当に規格外じゃの・・・何をしたのか知らんがこれだけあれば問題なさそうじゃ。楽をさせてもらった分しっかり働くぞい!」
必要な量の樹を切り終えたイヴリスは残りの作業をゴルドに任せ、別の物を作る為に新たに動きだした
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