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5話 マネージャー

 女子バスケ部に入って2週間あまりが経過し、僕はマネージャーとしての仕事に少しずつ慣れ始めてきていた。


 練習前に1年全員でコートを掃除して、ボール磨きと空気圧の確認の後、ボトルとビブスを用意する。ちなみにビブスとは、味方と敵を識別するために、アウターの上に着用するベスト状の衣服のことだ。水成女子バスケ部では、2対2のミニゲームなどで重宝されている。


 ビブスの洗濯は僕を含めた1年生全員の当番制で行なっている。当然僕が当番の日はビブスを家に持ち帰り洗濯するのだが、女子の汗が染み込んだ衣服を街中で持ち歩くというのは、なかなかのリスクではないだろうか。もしその時に職質でもされたら、やましいことは無いにも関わらず、きっと僕は挙動不審になり補導されてしまうだろう。


 やましいことは何もしていないのにそんな事になってはたまらない。ビブスを洗濯機に入れるときに深呼吸しているのは、単に心を落ち着かせるためであって、決してやましい行為ではないのだ。


 そして練習中はボトルの補充が主な仕事だ。

 しかしなぜか僕は滝凍専属のボール拾いをやらされている。ボールが必ずリングをくぐってくるので、走って拾いに行くことはなく、楽ではある。が、滝凍のシュートは変わり映えがしない。練習が終わるまで永遠と同じ光景を見ていると気が狂いそうになるのだ。


 練習が終了した後はコートの掃除で仕事は終わりだ。


 そして今日も僕は、練習前のコートの掃除とボール磨きをした後、全てのボトルに水を汲み終えた。そしてウォーミングアップ中の選手陣をよそに、コートの中央と端にボトルを散りばめる。


 今日も例のように練習には加わらず、1人で黙々とシュートを放っている滝凍の傍にも、一応ボトルを置いておく。


「鹿島君。ボトルはいいから、ボール拾いをお願い」

「僕は滝凍専属のマネージャーじゃない、チームのマネージャーだ。」


 滝凍に許された使用できるボールの数は1個までなので、かごにボールを貯めて連続で撃ち続けることはできない。


「遠慮は無用よ。あなたが私の力になれることなんて、ボール拾いくらいしかないんだから」

「僕がお前への助力願望があること前提で物を考えるな」


 どんな思考回路してんだ。歴史に名を残す支配者でも、お前よりは謙虚だろうよ。


「本当にいいのか?パスもドリブルもできないで」

「何度も言っているでしょう。私はシュートができればそれでいい」

「試合はどうすんだよ。パスはともかく、ドリブルができなきゃシュートまで持って行けないだろ」

「試合には出ないわよ」


 当然のように、まるで僕がおかしな事を言っていると言わんばかりに、滝凍は断言した。


「あっそ……」


 もう知らん。水成女子バスケ部の選手は5人しかいないので、滝凍が試合に出なければ試合は成立しない。しかし今までもこのチームは試合できていなかったらしいし、別に問題ないだろう。うん。もう考えるのも面倒だ。

 

 僕が呆れながら滝凍のもとから離れ、ボトルの配置を確認するために館内を見渡していると、毎度の如くシャトルドアが勢いよく放たれた。入部して2週間ともなると、ドアが開かれる音だけで誰がきたのか分かってしまう。女子バスケ部顧問。星咲先生だ。


「お前ら喜べ!練習試合ができるぞ!」


 報告を聞いた途端パス練習を中断し、心音先輩と宇佐木先輩が意気揚々と星咲先生のもとへ駆け寄る。


「本当ですか先生!」

「私たちと試合してくれる学校なんてあるんですか!?」


 先輩たちはまだ信じられないといった様子で飛び跳ねている。

 言えない。この雰囲気のなか、滝凍が試合に出るつもりがないなんて言えない。でもこの事実を知ってるの僕だけだしなぁ。滝凍は聞いてもいないし。


 僕が戸惑っている間に更に話は進む。


「対戦相手はどこですか?」

「慌てるな君たち」


 もったいぶったように『ふっふっふ』と笑った星咲先生は、両手を腰に当て胸をはる。そして星咲先生の口元に滝凍を除いた部員全員の視線が集中する。


「私たちの初戦の相手は……常和学園だ!」

「…………」

「…………」


 星咲先生の声が響いた後の館内を、不自然な静寂が支配した。

 え?なんで沈黙?喜ばないの?


「先生。常和って、あの常和ですか……?」

「そうだ。全国常連、県内最強と称される、あの常和学園だ!」


 僕は、星咲先生の言葉を聞いて『…………は!?』と思わず叫んでしまう。しかし先輩たちの隣で同じくパス練習をしていた水戸と炎咲は常和学園を知っていたようで、星咲先生の発表を聞いた時点で唖然としていた。


 僕は疑問に耐えかねるあまり、先輩たちを割って星咲先生に質問をぶつける。


「なんでそんな強豪校が、うちとの練習試合を受けてくれたんですか!?」

「いや、常和学園の方から練習試合の申し出が来たんだ」

「いや、尚更意味わかんないですよ!……は!まさか先生、常和の監督と寝た——」

「寝てない。向こうからの申し出と言ったろ」


 星咲先生が僕のみぞおちを殴ってくれたので、女子高生の前で不適切な発言を言い切らずにすんだ。あまりに理解不能な事だったので、つい口が滑ってしまった。

 急所を殴られた苦痛以上に、モヤモヤとした疑問への不快感が勝った僕は再度問う。


「じゃあなんで……向こうに、メリットがあるとは……思えない、です」

「メリットは知らんが、条件はあるみたいだ」

「条……件?」

「常和の監督は、水戸千波をフルタイム出場させることを望んでいる」


 全員の視線が水戸に集まる。

 水戸は一瞬だけ驚愕した後、何か思い当たる節でもあるような表情で当惑していた。


「チナ……」


 水戸を心配する炎咲が声を漏らす。


 強豪校が弱小高校と練習試合をするメリットは……無いな。皆無と言っていい。それなのになぜ常和学園はうちと練習試合をする必要があるんだ?嫌な予感しかしない。まさか弱小高校を嘲笑うためでは無いだろうし、そんなくだらないことに時間を割くチームが強豪になれるとは思えない。


 やはり星咲先生が常和の監督に色仕掛けで練習試合を無理矢理組んだとしか思えない。高校教員がそんな事をするとは考えずらいが、星咲雪ノ下がそんな事をするのは考えやすい。


 まあそんな事を考えても仕方がない。逆に水成高校にとってはメリットしかない機会だ。それに滝凍が試合に出るつもりがないという問題を解決するのが先だろう。


 僕はちょうど館内の雰囲気が静まり返った頃合いを見て、早急に解決しなければならなくなった問題を提起する。


「あの……試合をするにあたって、1つ問題があります」

「なんだ鹿島?ビビっているのか?強豪とはいえ同じ高校生。恐れる必要はない」


 何も知らない星咲先生が、僕の背中を叩き喝を入れる。


「いや、そういうんじゃなくて。滝凍が……」

「ん?滝凍がどうした?」


 一度戸惑いながらも、僕は言う。


「滝凍は、試合に出るつもりはないらしい……です」

「…………え」


 再び館内は静寂に包まれ、自信に満ち溢れていた星咲先生の顔が青ざめていく。


「鹿島。なんとかしろ」

「いや、そもそも先生が許可したことですよね?滝凍がシュートしかしないことは」

「そうなんだぁ。だから何度言っても練習に参加してくれなかったのかぁ」


 心音先輩が納得したように手のひらに拳を乗せる。その言動からは一切の怒気も感じない。

 滝凍のやつ……心音先輩に逆らってんじゃねぇよ。


「そもそも僕の言うことなんて滝凍は聞きません。なので、説得は先生に任せます」

「嫌だ。一度許可したことを撤回するのはかっこ悪い。鹿島が説得して」

「あんたなぁ……」


 子供のようにそっぽを向きながら勝手な事を言う星咲先生。

 約束を破った程度の悪行で、星咲先生の印象が変わることは無いと思うのだが……。


「星咲先生。私が説得してみます」


 声のした方を振り返ると、水戸千波が挙手していた。その姿には微かに自信が感じられた。

 勇敢な発言ではあるが、先輩の言うことすら聞かない滝凍に対して、同級生の水戸が説得なんて不可能だ。滝凍は恐らく拳銃で脅しても自分を曲げない気がする。人に従うくらいなら死んだ方がましだと本気で思っていそうなやつだ。


 しかし、この場にいる全員が疑念の目を水戸に向けている中、ただ1人、炎咲だけは納得しているようだった。

 水戸と炎咲は中学でもバスケ部のチームメイトだったらしい。だとしたら炎咲しかしらない水戸の何かがあるのだろう。


「そうか……任せるぞ」

「はい」


 水戸と炎咲の間に信頼のようなものを感じた僕たちは、素直に滝凍の説得を任せる事にした。


 そして僕の滝凍に対する認識はまだ控えめだったらしい。

 これほど早くチームを混乱に陥れるとは思わなかった……。

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