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4話 始動

 土日休み明けの月曜日。ホームルームを終えた僕は、綺麗なお姉さんに追いかけられていた。ついに僕にもモテ期が来たのだろう。ダッシュで駐輪場に到着し、自転車の鍵穴に鍵を差し込んだ僕の手を、綺麗なお姉さんが力尽くで引き止めた。

 

 すごく痛い。

 よほど僕の帰宅が寂しいのか、綺麗なお姉さんはとてもご立腹のようだ。


「鹿島。入部初日からサボる気か?」


 その言葉を聞いて、教室からここまでの全力疾走で温まった僕の体が急速に冷めていくのを感じた。そもそも生まれてこの方運動経験のない僕が、他人にまで運動を推奨する体育教師に勝てるわけがなかったのだ。


 1年1組の前の廊下はなんとか気付かれずに渡ることができたが、昇降口で靴を取り出そうと下駄箱に手をかけた瞬間、奥の廊下から星咲先生が走ってきているのが見えた。


 いい大人が学校の廊下を全力疾走する姿は、なかなかショッキングな光景だった。しかもその目的が僕にあるとなれば、捕まるとわかっていても逃げすにはいられなかった。おかげで上履きのまま外を走ってしまい、真っ白だった外面がつま先から踵まで汚れている。

 下ろしたばかりなのに……。


 この靴の汚れ具合を見ると、自分の運動センスのなさを改めて思い知る。どれだけジタバタ走ったんだよ……。


「先週約束しただろ。私たち女子バスケ部を廃部の危機から救ってくれると」

「捏造だ!僕はそんなこと一言も言っていない!」

「観念しろ。ホームルームが終わった途端に帰宅する君だ、放課後に遊ぶ友達はいないんだろ?」

「だ、だからって、なんで僕が女子バスケ部に……」

「いいから来い!」


 そう言って星咲先生は僕を校舎へと連行する。


「ちょ、ま、せめて鍵を抜いてから……」

「安心しろ。うちの学校に自転車を盗むようなバカはいない」

「いや分かりませんよ。実際僕みたいな奴でも合格できたんで」

「そうだな。よし、施錠を許可する」


 星咲先生はようやく手を離してくれた。

 信用なさすぎだろ、僕。そしてなぜ星咲先生はそんな僕を部に引き入れようとしているんだ。


「僕の所有物なんですけど……」

「口答えするな。さっさと鍵を抜いてさっさと体育館に向かうぞ」


 涙を堪えながら自転車へと向かい、鍵穴に差しっぱなしになっている鍵をひねることなくそのまま抜き取る。そして、堪えきれなかった一粒の涙が、解錠をお預けされた鍵穴に流れ込む。その雫は、もう抜け出すことはできないのだろう。それはまるで自分の未来を暗示しているかのようで、僕は潤っているはずの眼球の渇きを感じていた。




 校舎を経由して体育館につながる渡り廊下に差し掛かると、館内から『ダム』『キュッ』という2種類の音が断続的に聞こえてきた。ボールを床に突く音とシューズと床が擦れるスキール音から察するに、バスケ部が練習をしているのだろう。ふと星咲先生を見やると、少し微笑んでいるように見える。顧問が来る前から練習を始めている部員たちが誇らしいのか、僕を女子の集団に放り込むのが楽しみでウズウズしているのか、どちらとも取れる表情だ。


 そんな星咲先生はズンズンと歩みを進め、体育館のシャトルドアに左手を掛ける。そして僕の手を捕獲していた右手を放し、反対のドアに掛け、勢いよく開放した。シャトルドア特有の『ガラララ』という音が館内に響いた途端、外まで聞こえていたはずのボールの音とスキール音が一斉に鳴り止んだ。


 しかし館内が静寂に包まれたのは僅か数秒、中から1名の代表者らしき挨拶に続いて、もう1名の挨拶が飛んできた。


「星咲先生! 今日もよろしくお願いします!」

「よろしくお願いします!」


 それを聞いた星咲先生は『おう!よろしくな!』と軽快に返した。

 僕が館内から聞こえてきた立派な挨拶に感心していると、再び『ダム』『キュッ』という音が館内に鳴り響き始めた。


 気づくと星咲先生はそそくさと館内へ入ってしまっていて、入館のタイミングを逃した僕は、開放されたままのシャトルドアの前で立ち尽くしてしまう。それを見かねた星咲先生は再び僕の手を取り、強引に僕を入館させた。


 足を踏み入れた瞬間に目に入ったのは、広大な体育館にわずか5人の女子だけだった。この学校が部活動に熱心でないことは事実らしい。男子バスケ部やバレー部の姿はなく、あるのは女子バスケ部の姿だけだ。そしてその6人の中に滝凍がいる。相変わらず周囲に無頓着なままシュートを打ち続けていた。

 まあ、そういう約束だからな……。


「星咲先生!奇跡が起きました!バスケ部はもう安泰です!」


 1人の女子が涙を浮かべながら、星咲先生に言い募る。


「落ち着け心音。すごい顔になってるぞ……」

「だって……だってぇ」


 星咲先生は、涙も鼻水もお構いなしに号泣する心音さんを宥めながら、ハンカチで『ゴシゴシ』と、女の子の涙を拭うにしては雑な処理をしている。おかげで心音さんの顔が縦横無尽に変形している。


 世の中には、可愛い女の子の崩れた顔を見て、幻滅する男と興奮する男がいる。

 紳士の中の紳士である僕は——当然……。

 後者だ!


「仕方ないですよ。心音先輩は今年の初詣で『新入部員が1人でもきてくれますように』ってお願いしてたらしいですから」


 僕が心音さんのご尊顔に見入っていると、もう1人のバスケ部員が星咲先生と心音さんの仲に入ってきた。


 しかし、初詣で新入部員を願うとは、健気すぎだろ、心音さん。見てるだけで癒される。この人と同じ空間に身を置けるなら、女子バスケ部に入るのも悪くないかもしれない。


「心音。もう泣きやめ。今から新入部員の自己紹介があるんだ。先輩のお前がそんなことでどうする……」

「はい……頑張ります」


 星咲先生がそう言うと、心音さんは平静を取り戻した。


「鹿島。君もあの子たちの隣に並べ」


 星咲先生は、館内の壁沿いで所在なさげに佇んでいる、新入部員らしき2人の女子に目線を向ける。


「あの……先生?僕の入部って、女子バスケ部を廃部にさせないためですよね?僕が入部しなくても、5人いる気がするんですけど……」

「それについては嬉しい誤算だったな。だが部員が多いに越したことはない。黙って入れ」

「待遇に不満があるのでお断りしま」

「え?入部してくれないの……?」


 心音さんが下瞼に溜まっている涙を人差し指で拭いながら、僕に潤んだ瞳を向けてきた。


「ほら、僕男なんで、入部しても選手として先輩の力にはなれないんですよ……」

「そんなことない。男子がマネージャーになってくれれば、すごく心強いよ!」


 先輩……。そこまで僕を必要としてくれて……。


「ほら、バスケットって重い道具多いし」

「荷物持ちですか……」

「いや、そういう意味じゃなくてね!? あれ、でもそういう意味になっちゃうのかな?」


 諦めないで! もっと否定して!

 僕は期待の念を送り、心音先輩は唸りながら挽回の言葉を探している。すると突然、心音先輩が僕の手を取り、両手で包み込んだ。


「お願いします。女子バスケ部に入ってください」

「………………はい」


 反則だ。これを断れる人間は人間じゃない。滝凍だ。

 ちなみにこの間、滝凍はシュートの手を一度も止めていない。これだけの騒ぎの中、たいした集中力だ。しかしそのせいで、壁沿いで分をわきまえている2人の新入部員が戸惑っている。入学式で新入生代表の挨拶をした滝凍が、同じ新入部員であるのは明白。にも関わらず、先輩そっちのけでボールを放り続けているのだ。同級生として責任を感じてしまっているのだろう。


「滝凍。君はまだバスケ部員ではないぞ。そのゴールとボールを使いたければ、私たちに自己紹介をしてからにしろ」


 星咲先生がそういうと、滝凍はゴール下でバウンドしているボールを拾いに行くのをやめ、スイッチが切り替わったようにこちらへ方向転換した。今の今まで同じ動作を繰り返していたため、その動きはどこか機械じみている。


 そして心音先輩の手のぬくもりを感じていた僕も、星咲先生によってアイドルの握手会のごとく引き剥がされ、引きずられながら新入部員の列に並んだ。


「よし!じゃあ左から順番に、出身中学と名前と身長、希望するポジションを教えてくれ」


 星咲先生に言われるがまま、僕と滝凍とは反対に位置する女子から自己紹介が始まった。


「水成中学出身、1年1組、水戸千波です。168センチ、ポイントガードを希望します」

「水成中学出身、1年2組、炎咲蓮香です。172センチ、センターを希望します」

「沢北中学出身、1年2組、鹿島要です。……マネージャーとして頑張ります」

「明成中学出身、1年1組、滝凍結月です。163センチ、バスケの経験がないので、ポジションはよくわかりません」


 隣に並んだ時点で気づいてはいたが、僕の前に自己紹介した2人は僕より身長が高い。しかし僕だけ身長を公表しなかったのは、別に引け目を感じたからではなく、マネージャーとしての入部なのでその必要はないと思っただけだ。決して自分の身長をコンプレックスに思っているわけではない。


 新入部員全員の自己紹介が終わると、先輩たちがそれぞれの感想を言い合っている。


「あの子、経験者じゃないんだ?シュートすごく上手だったけど」

「172! ついに私たちにも170を超える選手が来ましたね!それにマネージャーまで」

「ほら、次は君たちの番だぞ。学年と名前!」


 星咲先生が先輩たちの談笑を切り上げ、2人に自己紹介を促す。


「3年、キャプテンの心音桜乃です。みんな、バスケ部に入ってくれて本当にありがとう!」

「2年の宇佐木遥よ。他の部活とは違って女子バスケ部は本気だから、みんな頑張ってついてきてね!」

「最後に私だな……」


 先輩の自己紹介が済んだことを確認してから、星咲先生は全員の注目を集めた。


「女子バスケ部の顧問兼体育教師、星咲雪ノ下だ。そして私たちの目標は、全国制覇だ!」

「え?」

「っ!?」


 星咲先生の宣言に、先輩たちが思わず声を漏らす。当然僕たち新入生も呆然としていた。

 聞いてねぇ……。本気かこの人? たぶん本気なんだろうな。だって目がキマってるし……。


「先生。初耳なんですけど……」

「だろうな。今考えた目標だし」


 宇佐木先輩が恐る恐る尋ねると、星咲先生はにこやかにそんなことを言う。

 ほんと適当だなこの教師。明日にでも退部届出そうかな。


「……でもなんか、先生が言うとできる気がしてきたかも」

「いや、気のせいですって心音先輩!」

「いやぁ〜。なんか君たちを見てたら全国制覇も夢じゃないって思ったんだよなぁ」

「先生! いきなり大きく出過ぎですよ。まずは公式戦で1勝とかから始めないと」

「なんだ、宇佐木も女子バスケ部は本気って言ってたじゃないか」


 こんな感じで、僕たちの女子バスケ部は始動した。ここまで先行き真っ暗なスタートも珍しい。しかしはっきりしていることもある。それは、癒しの天使『心音先輩』、しっかり者の『宇佐木先輩』。この人たちと送る部活動に、ほんの僅かだが、僕の心が弾んでいたことだ。星咲先生も含めたあの3人の姿を見て、自然とそう思った。


 

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