16話 雪村氷華
常和学園バスケットボール部。
全国からエース級のバスケプレイヤーが集結する高校であり、部員全員が高いプライドとそれに見合う実力を備えている。
にも関わらず彼女たちは、それが最善だと理解し、そして納得した上でボールとコートの大半を1人の選手に明け渡した。
アイソレーション。
攻撃時に圧倒的な得点力を有する選手にボールとスペースを与え、他の4人がコートの隅に固まる事で、強制的に1対1の状況を作る戦術。
試合の勝敗を1人の選手に委ねると言っても過言ではなく、故にその選手にはチームからの絶対的な信頼が必要となる。
常和の絶対的エース、雪村氷華。
スペースとボールを与えられ試合の行方を一身に受けた彼女は、まさに水を得た魚のようだった。
距離を詰められようと巧みなボールハンドリングでかわし、間合いがあればフェイクを織り交ぜながら接近し相手が食いついた瞬間に逆をつく。
滝凍結月が孤高のシューターだとするならば、雪村氷華は孤高のドリブラーだった。
雪村との1ON1を任された水戸千波は、その理不尽なまでの強さに驚愕する。
(これが全国区のエースか……)
パシュッ。水戸を背後に置き去りにした雪村がレイアップシュートを決めた。
第2クオーター開始から怒涛の勢いで得点を重ねた常和学園は、第1クオーターの5点ビハインドを早くも覆した。
水成 常和
21ー22
例のように水戸千波は床に転がるボールを拾い、滝凍の下へと送球を試みる。
しかし滝凍のマークを徹底して外さない瀬戸綾香が水戸の長距離パスを封じている。
その様子をベンチから見ている鹿島は思案顔を浮かべた。
(対応が早い。前半までは通用すると思っていたんだけどな)
水戸は滝凍へのパスを諦めすぐ近くの心音桜乃に渡す。
心音はディフェンダーが接近する前に素早く宇佐木遥へとパスを出す。
が、それを読んでいた常和の選手に弾かれボールはコートの外へ。
「審判」
鹿島がタイムアウトのジェスチャーを見せながら審判を呼んだ。
「『ピッ』水成高校、タイムアウトです」
水成高校の選手たちは沈んだ顔でベンチへと向かう。
中でも雪村からの攻めを集中的に受けている水戸は前半とは思えないほど疲弊していた。
選手たちがベンチに戻るや否や、鹿島は作戦の変更を告げる。
「少し早いが作戦を次の段階に進める。あと滝凍。パスが来なくて不満なんだろうが、少しは動いて受け取る努力をするんだ」
「してるわよ。動いても金魚のフンみたいについてくるから嫌になっただけ」
滝凍は悪びれる事なくそう言った。
「先に言っておくけれど、これ以上シュートを打てない時間が続けば、私発狂するわよ」
「わかってるよ。でも第2クオーターは我慢してくれ。それより滝凍、次の作戦は覚えてるよな?」
鹿島は訝しげな視線向けたが、滝凍はそれをさも心外とばかりに睨み返す。
「私を侮辱しているの?」
「心配してんだよ……」
「覚えておいて。鹿島くん如きに心配されるというのは、それはとても不快な事なのよ」
「お前……いい加減に——」
「『ピッ』タイムアウト終了です」
鹿島が言い返そうとした瞬間、審判からタイムアウト終了の知らせが告げられた。
試合の流れに逆らうわけにはいかず、鹿島は滝凍への苛立ちを何とか抑え込んだ。
水成高校のスローインで試合再会。
すると先程とは打って変わって、敵陣のコートに攻め込む水戸たちを見送り、滝凍は自陣のコートから動こうとしない。
滝凍のマークを続けている瀬戸はこの状況を不審に思う。
(どうせシュートを打てないなら、私を道連れにゴールから離れたのか?)
同時に常和学園の監督、高山幸雄も鹿島たちの行いを考察する。
(確かに連携を取れない滝凍を攻撃に参加させても邪魔になる。しかし瀬戸を道連れに自陣に下がったところで、数的優位は生み出せていない)
どういうつもりだ? と、瀬戸と高山はゴールを守る雪村たちを見守る。
次の瞬間、水戸から常和の選手同士の間を通り、ゴール下の炎咲へと高速でパスが通る。
炎咲はボールをバックボードに当て確実に決めた。
23ー22
自分たちの攻撃の成功を確認した鹿島は安堵した表情を浮かべている。
(滝凍の攻撃参加を自粛すれば相手の守備人数を減らすことができ、攻守の人数は実質4対4。そうすれば人数が減った分コートに余裕が生まれる)
「ああ……考えたねえ」
高山が感心したようにそう呟く。
瀬戸はボールを運んできた常和の選手たちを迎え、意識を攻撃に切り替える。
しかし未だ鹿島が仕掛けた作戦の真意が理解できずにいる彼女は、容易に点を許した常和のディフェンスに納得できずにいた。
幸い攻撃は雪村の独壇場なので、それについて思考を巡らす余裕はあった。
(私たちのディフェンスが緩かったわけじゃない。なのに簡単にゴール下にパスが通っていた……)
パシュッ。瀬戸の考えがまとまる前に雪村がゴールを決めた。
23−24
続く水成の攻撃は炎咲のスローインで再会し、水戸が敵陣にまでボールを運ぶ。
しかし滝凍はまたしても攻撃に参加せず、ハーフラインすら超えていない。
瀬戸はハーフライン越しに水成の4人と常和の4人の攻防を観察する。
(氷華のようなドリブラーがいるならまだしも、コートを広く使うことで有利になる選手なんて、水成には……)
ここで鹿島は瀬戸の困惑を見透かしているかのようにニヤついた。
(スペースを与えられて本領を発揮するのは——ドリブラーだけじゃない!)
次の瞬間、水戸がゴール下の炎咲を捉える。
水戸も滝凍の放物線と同様、その目には直線のパスコースが見えていた。
水戸はそのパスコースから1ミリもズレることなく、且つ高速でボールを送る。
またしても虚をつかれた常和は反応が遅れ、炎咲のシュートを阻むことはできなかった。
25−24
そうしてようやく瀬戸は己の過ちに気づく。
そう、水戸は普段から10人が密集する状況でパスを回している。
故に選手同士の間隔が広い4対4の状況なら、アシストパスを出すのは容易ということだ。
いち早くこの仕掛けを見抜いた高山はすでにタイムアウトを申告していた。
しかし第2クオーター終了間際ということもあり、彼はタイムアウトを取り下げた。
まもなく審判の第2クオーター終了の笛が体育館に響く。
ベンチに向かう水成高校の選手たちの表情は明るかった。




