15話 インターバル休憩 常和学園ベンチ 高山幸雄視点
「あの7番(滝凍のビブス番号)、全っ然外さないんだけど!」
インターバル休憩中の常和学園主将、瀬戸綾香が、第1クオーターで7本連続3Pシュートを決めた滝凍への怒りを露わにする。
「瀬戸、落ち着きなさい」
チーム全体に不安が募り、私は監督として瀬戸を宥める。正直今回の練習試合で私が口を出すことはないと思っていたが、どうやら水成高校を侮っていたようだ。
「けど高山監督!あんなにぽんぽんスリーを決められて、5点ビハインドですよ。聞いたこともない高校に!」
「いや、進学校としては有名だぞ」
瀬戸は普段、しっかりものでチームの精神的支柱なのだが、水成の7番の常軌を逸したシュート精度を目の当たりにして、感情を抑えられなくなっているようだ。
そして主将の態度につられてチーム全体が浮き足立つ中、私は落ち着きを取り戻させようと静かに語りだす。
「君たち、まずは落ち着こう。確かにあの7番のシュート制度には驚いたけど、第1クオーターの動きを見る限り、彼女は素人だ」
「いや、素人って……。じゃああのシュートはなんなんですか」
瀬戸は徐々に落ち着きを取り戻しているが、未だ7番への不信感は収まらないようだ。
「確かに彼女のシュートは洗練されている。だがそれ以外の全ての動作がバスケ選手の動きではなかった」
「そんな……」
疑念を隠しきれない瀬戸の隣で、それまで沈黙を貫いていた雪村が口を開く。
「パスやドリブルを度外視して、シュートのみに心血を注いだのなら、あの常識はずれのシュート精度も頷けますね」
「それはそうだけど……」
瀬戸は雪村の意見を理解しつつも納得できていない様子だ。
……あの7番、滝凍と言ったか。初対面の相手に躊躇なく金的蹴りを実行できる、恐ろしく肝が据わった少女。
今までも癖のある選手は何人も見てきたが、あれほど偏った人間は初めてだ。そして恐らくその偏りが彼女のシュート精度の根幹なのだろう。
シュートが放たれた瞬間、私には彼女の手元からリングまでの軌道が先行して目に浮かんだ。
そしてコート上空を舞うボールは定められた軌道をなぞるように弧を描く。
それはまるで、空に虹がかかった時のように、見上げずにはいられない光景だった。
いったいどれだけ打ち込めば、あそこまで洗練されたシュートを打てるのか。
滝凍結月……。彼女を見出せなかったのは、ここ数年で1番の失態かもしれない。
あれほどのシューターがなぜ今まで無名だったんだ?
私は数秒の思慮を持って導き出した仮定を選手たちに伝える。
「恐らく、チームに所属するようになったのは高校からだろう。私は常に県外にまでアンテナを張っているが、あんな選手がいるという情報は一切なかった」
そうだとすれば、あれほどのシューターが私のアンテナに引っかからなかったのも納得だ。
「中学までは個人的にシュート練習してたってこと?試合に出られないのに?意味わかんない!」
しまった。私の不用意な発言でまたしても瀬戸を混乱させている。
突如として出現した稀代のシューターに、私も含めて気が動転しているようだ。しかし今は滝凍結月の詮索をしている場合ではない。
私は即座に気持ちを切り替えて選手の意識を試合に戻す。
「悲観する必要はない。ひとつに特化しているということは、それ以外は全て弱点ということだ」
「……そう、ですね」
さすが私たち常和学園の主将。今の一言で私の言い分を理解したようだ。
しかし、まだ理解の追いついていない雪村は首を傾げている。
「シュート以外が弱点でも、7番がシュートに専念していたら、どうやって弱点をつくんですか?」
雪村氷華は全国屈指のバスケプレイヤーであり、常和学園の頼れる不動のエースだ。
しかしことバスケIQに関しては心配なところがあり、戦術をわかりやすく言語化したとしても雪村に理解させるのは難しい。
それは彼女の地頭に問題があるというより、圧倒的な身体能力とバスケセンスで何の問題もなく勝ち続けて来れたというのが大きいのだろう。
私も早くセンス任せでバスケをすることの限界に気づいて欲しいのだが、幸か不幸か、雪村氷華を試合に出せば勝ててしまうのでもどかしい。
「簡単だよ。ボールを持たせなければいい」
私は幸村の質問に対して簡潔に答えた。
「試合中一度もですか? さすがに難しいと思いますけど。7番は守備に参加しないので、私たちが攻めるときはどうしてもマークできません」
「それは私の判断ミス。氷華の言う通り、攻撃の時でも1人は自陣に残しておくべきだったわ」
瀬戸が私に代わって雪村に説明してくれる様なので、ここは主将に任せよう。
「全員で守って全員で攻める。私たちのやり方は間違ってないけど、今日の相手のような特殊すぎるチームには向かない。だから今回に限り、今までのやり方を変える……ということですよね、監督」
「そうだね。セオリーを実直にこなすのも大事だけど、臨機応変に対応しなければならない場合もある。というわけで第2クオーターから瀬戸は攻撃に参加せず、7番に付きっきりでマークしよう」
「了解です」
と、いつもの調子を取り戻した瀬戸は頼もしい返事をする。
すると雪村から当然の疑問が提示される。
「でも、それだと攻撃にかける人数が4人になって、いつもの攻撃パターンが使えなくなりますけど……」
気づいて当然の戦術の不都合なのだが、それを雪村が示してくれたことに私は感動を覚える。
「うん。そういうわけだから、後は任せたよ——雪村」
「……はい」
今までの涼しげな雰囲気とは打って変わって、雪村の目に闘志が宿った。
それもそのはず、雪村に後は任せるという意味は『1人で相手をねじ伏せろ』という指示だ。
本来は全国大会でも勝ち上がった先でしか使わない、戦術を度外視した最終手段なのだが、まさか練習試合で披露することになるとはな。
しかし練習試合といえどこの試合だけは負けられない。この試合は水戸千波に常和学園の実力をアピールし、引き抜くための試合だ。
「ピピッ。第2クオーター開始です」
審判を任せている常和学園の1年生の合図で選手たちはコートに出て行った。
そして私は水成高校のベンチに視線を向ける。そこには水成の選手たちに何らかの指示を出す青年がいる。
最初はマネージャーだと思っていたが、見る限り監督の役割を担っているのは彼だ。
もし先の第1クオーターの戦術があの青年によって仕掛けられたものなら、滝凍結月以上に警戒する必要がある。
3点にこだわるだけじゃなく、2点までの失点を許容することで、上手く選手たちの意識を攻撃に集中させていた。
あのまま殴り合いを続けていれば、試合が進むにつれて点差が開いてしまっていただろう。
そして2点を犠牲に3点を取るというのは、失点を前提にした試合運びだ。
これは7番の驚異的なシュート精度がなければ成り立たない型破りな戦術であり、私だったら思いついたとしても実際に取り入れようとはしないだろう。
そんな思い切りのいい判断をできる歳でもない。
しかし、水成高校の監督は思いつきで終わらせずに実行してみせた。
彼は何者なんだ……。
そして水成高校自体もつかみどころの無いチームだ。
ただの弱小校ではないことは感じつつも、強豪校のような圧は感じない。
水戸千波を除いた選手の技術と身体能力は未熟だ。
しかしひとりひとりが自分の役割を理解し、考えながらプレイできている。頭の良い選手たちだ。
さすがは進学校。ウチの選手にも見習って欲しいものだ。
私は視線を雪村たちに戻す。
頼むぞ。水戸千波を獲得できるかどうかは、君たちにかかっている!




