13話 炎咲蓮香
「つまり、水戸さんは高山からのスカウトをキッパリと断って、自分の意思で水成高校に入学したのよね?」
滝凍は、すがるように水戸の両腕にしがみつきながら確認する。
現在、僕たちはコート脇に用意されたベンチに腰掛け、先の事件についての協議の最中だ。しかし、議題は水戸が勧誘されている件ではない。僕たちが問題としているのはその直後のことだ。
それは、毎度お馴染み滝凍さんがやらかしてくれた事件。
高山監督が水戸を勧誘した直後、滝凍は何の躊躇いもなく、高山監督の金的を蹴り上げた。だけにとどまらず、うずくまる高山監督の頭部を踏みつけようとしたという、狂気の暴力事件を巻き起こしたのだ。
流石に女子高生が権威ある大人を踏みつけにする光景は見れたものではないので、僕は羽交締めにしてでも滝凍を止めたのだが、金的を蹴り上げた時点で暴力事件は成立してしまっている。ついに滝凍結月は犯罪者になってしまった。
しかし、全国区のチームを率いる監督は器が違った。開口一番に勧誘をしたという自分の無礼を誇張し、青ざめる程の暴力を振るわれたという甚大な被害を控えめに表現することで、滝凍を無罪放免にしてくれた。とはいえ、いや、だからこそ、身内である僕たちは滝凍を許すわけにはいかない。
そんなわけで、僕たちは試合前にも関わらず、滝凍の処遇に頭を悩ませることになってしまった。うちは選手が5人しかいないので、滝凍を出場停止にするわけにもいかない。けれど罰則なしというのは都合が良すぎるよな……。
「これだからしつこい男は嫌いなのよ」
滝凍は未だ反省の色を見せず、水戸を引き留めることしか頭にないようだ。どうやら彼女にはバスケよりも先に常識を教えるべきなのかも知れない。
僕は言う——愛を込めた叱責を。
「滝凍。とりあえず謝ってこい」
「嫌よ。私の水戸さんを奪おうとした高山が悪い」
「滝凍。とりあえず呼び捨てをやめろ」
うん、だよね。この女に常識を教えるのは無理だ。
しかしどうしたものか……。いや、このような問題は僕ではなく、顧問に師事するのが適切か。
「先生。こいつ全然反省してないですけど、どうします?」
僕は星咲先生に判断を仰ぐ——が……。
「う〜む。正直出遅れただけで、私も滝凍と同様の事をしていたかも知れないからな。私に滝凍を罰する権利は無い。鹿島、君に任せるよ」
「あんたもかよ……」
そうだった。この人も滝凍に次ぐトラブルメーカーだった。
そしてそれを聞いた滝凍は、星咲先生にシンパシーを感じた様子でこう言った。
「ですよね。あいつムカつきますよね」
「それな」
共感してんじゃねえよ。
星咲先生の若者言葉がトドメとなり、僕の怒りは沸点を超える。
「よおし分かった。謝罪を免除する代わりに、僕が与える罰はしっかり受けてもらうからな」
「それも嫌。あなたがエッチなお仕置きを企んでいるのはお見通しよ」
「ば、馬鹿!そんなんじゃねえし」
なぜか動揺してしまった。僕が考えている罰は卑猥なものではないはずなのだが、深層心理で図星を突かれてしまったのだろうか。いや、僕は認めないぞ。この感情は好きなものへの純粋な気持ちであって、決して欲情などではない。
僕はそう確信し、罰を執行する。
「誰か、ヘアゴム持ってるか?2つ」
ウォームアップを済ませた試合開始直前。僕はベンチに座る選手たちと向き合う形で屈みながら、戦術の最終確認を終えた。
「じゃあ先生。試合前の一言をお願いします」
「うん……。それは構わないが、鹿島。あれはなんだ?」
星咲先生は戸惑いながら滝凍の方を指差した。
何だ?滝凍におかしなところはないと思うが。バスケットシューズを道具立てする気のない滝凍が、学校指定の体育館シューズを履いているのはいつものことだ。学校指定の体操服を着ているのも、練習着にこだわりがないからであって。髪型がツインテールなのも、別におかしなことではない。
そうか。一向に道具を用意しない滝凍に対して『バスケやる気あるの?』という不満があるのか。しかしそれを僕に聞かれても困る。買いに行く時間がないというのもあるだろうし。
「とぼけるな。あの髪型は何だと聞いている」
「ツインテールですけど」
僕は『何を今更……』というニュアンスで言う。
「……ツインテールが、罰なのか?」
「はい。滝凍には試合中『女子高生にもなってツインテール』という恥ずかしめを受けてもらいます」
「……変わった罰だな」
「変人に与える罰ですから。じゃあ改めて、先生。一言お願いしま——」
「待ちなさい」
星咲先生に納得頂いた僕に対して、滝凍が剣呑な目つきで横槍を入れる。しかし、頭部から2本の尻尾が生えている今の姿では、いつもの冷酷な雰囲気は出せていない。
「やっぱり受け入れられないわ。こんな仕打ち」
「お前、あんなことしておいて、ただで済むと思ってんのか?」
「ハンセイシテイマス」
「嘘つけ!」
ちなみに滝凍が最初にツインテールを受け入れたのは水戸の計らいのおかげだ。どうやら水戸も滝凍の所業に不満があったらしく『反省しないのならパスは出さない』と言って突き放した。滝凍にとっては死刑宣告に等しいだろう。
そして僕に何を言っても無駄だと見切りをつけた滝凍は、水戸に標的を移す。
「水戸さん。本当に反省しているから、私にシュートを打たせて?」
「反省しているのなら監督の指示に従うんだ」
「…………わかりました」
そう水戸に言われた滝凍は、本当に反省したように返事をした。
水戸が居てくれて本当によかった。僕としても、水戸の引き抜きは何としても阻止する必要がある。でないと、滝凍結月が野放しになってしまうからだ。
まあ、そんな滝凍こそ水戸を失いたくないようで、まだまだ水戸に食い下がる。
「わかりました……けど、それは罰を受け入れるという意味であって、水戸さんとの絶交を受け入れたわけじゃないの。だって、そんなのあんまりじゃない。私たち、親友になったばかりなのに……」
いつの間に!?
「み、みみみ水戸さん?たかやま……高山さんの誘いを受けたりは、しないわよね……」
次の瞬間。これまで神妙な顔で黙りこくっていた炎咲が、執拗にすがる滝凍に反応する。
「しつこいぞ滝凍。それはチナが決めること。あんたには関係ない」
元々強気な炎咲だが、滝凍に向けられたその口調はいつにも増して鋭かった。
僕たち1年の仲は、水戸と炎咲の間にしかまともな絆を築けていないので、僕と同様、滝凍も炎咲との関係は良好ではない。まあ原因は主に滝凍にあるのだが……。
「水戸さんの友達なのに、薄情なのね、炎咲さん。そんなだから私に親友の座を奪われるのよ」
「いつあんたがチナの親友になった!……私はただ、チナが強いチームでプレーしたいなら、そうするべきだと思ってるだけ……」
『もう、足手まといにはなりたくない』と、炎咲は絞り出すように言った。
中学時代の炎咲が、どんな思いでバスケをしていたかは分からない。有能な味方からパスを託されるという重圧。僕は今まで、その恐怖から逃げてきた。
役立たずになることから、醜態を晒すことから、同情や哀れみの視線から——逃げた。
ふと、炎咲が言っていたことを思い出す。悔いに満ちたあの言葉を。
『チナはすごい選手だった。それなのに、私が弱かったから……』
そんなわけあるか。重圧に抗い、弱い自分と向き合い続けた人間を、弱いとは言わせない。逃げ続けてきた僕の弱者としてのプライドが——それを許さない。
僕は決めたのだ、このチームを強くすると。
「滝凍、炎咲……」
僕は決心を表明するように、言う。
「この試合、勝ちに行くぞ」




