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11話 出陣

 いよいよ試合当日。僕たち女子バスケ部は現在、試合会場である常和学園に向かっている。てっきり部員それぞれが電車で移動しての現地集合だと思っていたが、僕たちは一旦水成高校に集合し、星咲先生がレンタルしたハイエースでの団体移動という運びとなった。


 困ったことにこの10人乗りのハイエースでは、遠足で乗る大型バスのように、2席分を1人で座るという、ぼっち故の贅沢ができず、誰かと隣り合わせなければならない。厳密に言えば3席余っているのだが、それらの席はボールやボトルなどの道具の置き場所となっている。


 そんなわけで、仕方なく僕は最後に乗車して余った席に座った。これなら女子の隣に座ることに対する大義名分が成立するだろう。と思ったのだが、いざ乗車してみると後部座席は全て埋まっていた。それもそのはず。10席のうち3席が荷物で埋まれば残りは7席。僕たちの人数も部員と星咲先生を含めて7人。運転席は星咲先生が座るとして、部員が座れる席は後部座席の5席ともう1つ……。


 助手席。


 そう。僕は助手席の存在を忘れていた。なるほど、それは盲点だ。車内という密な空間で女子と長時間隣り合わせるということばかり考えていて、部員の誰か1人は顧問の先生の隣に座らなければならないという拷問にまでは考えが至らなかった。


 どうやら彼女たちはこの事実に気づいていたらしく、損な役回りを押し付けてしまった罪悪感からか、後部座席に座れずに呆然とする僕から気まずそうに目を逸らしている。そして当然のように最後列の座席に鎮座している滝凍は『どうしたの?早く座りなさいよ』とでも言いたげな表情で僕を見ている。そうだよな……。お前に罪悪感は無いよな。


 わかっていた気もするが、滝凍には立場が上の者に最後列を譲るという概念はないらしい。まあこの場合、最後列に並ぶ4つの座席のうち3つが荷物置き場なので、荷物番を買って出たという見方もできるが。


 「鹿島。君には助手席でナビを頼みたい。私は機械が苦手でな」


 未だ諦めずに後部座席の空席を探す僕に対して、星咲先生が運転席から引導を渡す。


 「…………はい」


 僕は絶望を含んだ返事をしてから助手席に座った。そして星咲先生は『シートベルト締めたか?』と後ろを振り返り、部員全員の乗車を確認してから。


「いざ、出陣!」


 と、ホラ貝が聞こえてきそうな合図と共に、常和学園に向けてアクセルを踏んだ。






「次の信号を左です」

「う、うん……」

「しばらく直進ですね」

「しばらくって、どのくらい?曲がる時は早めに教えて……」

「もう少し速度上げてください。広い道路なんですから」

「お、大通りだからこそ、慎重に運転しないといけないんだぞ……」


 いや、慎重すぎだ。めっちゃ抜かされてるし。立派なエンジンを積んでいるハイエースが、原付並みの駆動力になっている。どうやら星咲先生は運転が苦手なようだ。


 ハンドルを握ると人格が変わるというのは、個人差はあれど、頑丈な車体の中に身を置いている以上は誰しも気が大きくなるものだろう。しかし、ハンドルを握ると気が小さくなるというのは珍しい。


 本当。この教師は読めないな。てっきり交通法のギリギリを攻めて、否、犯してでも、僕たちに自分のドライブテクニックを見せつけてくるんじゃないかと心配していたのだが。


 隣を見ると、肩をすくめながら前方を凝視している星咲先生の姿が。必要以上の力でハンドルを握りしめているせいで手汗が絶えず、何度も手のひらを太ももに擦り付けている。新鮮だなあ……。


「し、仕方ないだろ。こんなに大きい車、運転したことないんだから」


 口を歪ませながら、恥ずかしそうに言う星咲先生。

 そうなんだよな。この人普通に美人だし、可愛いんだよな。なんだろう、そんな一面があるなら普段からハンドル握っててくれないかな。


「そんなに無理しなくても。僕たちはもう高校生なんですから、電車移動くらい……」


 今の星咲先生が可愛いせいか、僕の口調は柔らかい。


「でも、顧問として部員のためにできることなんて、送迎くらいだし……」


 うへへ。こりゃあ良い。ゾクゾクするぜ。と、シュンとする星咲先生を見て僕は思いました。


「そんなことありませんよ、先生。僕たちはあなたから戦う勇気をもらっています。指導は人任せでも、傍若無人でもいいんです。僕たちは先生が顧問をしてくれるだけで感謝しています」

「うぐっ。ぐすん。鹿島……お前って奴は……」


 やはりだ。今の星咲先生は皮肉にも気付かないほど弱っている。どおれ。もう少し楽しませてもらおう。


『ゴン!』


 僕が弱っている女性を弄ぼうという時に、後ろから鈍い音が聞こえてきた。恐る恐る振り返ると、最後列に座っている滝凍が窓ガラスに額を押し付けているのが確認できた。見たところ、僕の星咲先生に対するゲスな思考に不快感を覚えた後部座席の誰かが、窓ガラスに拳で当たったのではないようで、僕は密かに安堵する。


 まあそれはいいとして、何やってんだあいつ。運転手である星咲先生以外が音に釣られて振り返り、滝凍に注目している。


「美しい……」


 ん?その台詞は、納得のいく放物線を描けた時にしか言わないんじゃないのか?


 そう思っていたのだが、滝凍の視線の先には曲線を基調とした建築デザインの建造物がある。曲がっている物体ならなんでもいいのか、それとも彼女なりの基準があるのか。どっちでもいいけど、悦に入る手段がいろいろとあるというのは、きっと楽しい人生だろうな。


 僕は納得し前方を向き直る。隣を見ると、星咲先生は先程より落ち着いた様子だ。そろそろ運転に慣れてきたらしい。


「鹿島。今日の試合、任せたぞ」

「まあ、どうなるか分かりませんけどね」

「弱気だな。選手たちは鹿島の考えた戦術に納得してくれたじゃないか」

「……はい」


 意外なことに、僕の考えた戦術を選手たちはすんなりと受け入れてくれた。バスケ未経験の僕は不安で仕方なかったが、指南書に書かれている事をそのまま取り入れた僕の戦術は定石だったらしい。


 戦術の練習をできたのは一昨日と昨日の僅か2日。十分な練習時間を確保できなかったため、選手たちには僕の考えの概要だけ理解してもらうのが関の山だと思っていたが、僕は彼女たちの学習能力を見くびっていた。


 進学校に通う生徒だけあって、考えることには慣れている彼女たちは、戦術の概要どころか要点まで即座に理解してくれた。特に水戸千波の理解力と、それを体現する実行力は群を抜いていて、パス回しの起点となる彼女がコートの中から選手たちを先導してくれるのは、コート外からしか指示を出せない監督としては頼もしい限りだ。


 頼もしい限りだが、同時に常和学園のスカウトを蹴った水戸を惜しいと、無粋にも思わずにはいられない。なぜなら、水戸千波は全国でも通用する選手だからだ。


 僕は全国制覇を目指すにあたり、ネット上にある全国大会の試合を見て、全国のレベルを確認した。しかし、水戸と同等のパスを操る選手はほとんど見受けられなかった。強いて言えば、京都の高校にそれらしい選手がいたか……。


 それでもやはり、仲間の能力を最大限に引き出すポイントガードというのは、全国的に見ても貴重な人材のようだ。


 そんなわけで、今日の試合は水戸の手腕にかかっている。


 僕たちは勢いのない走行速度のまま、常和学園に向かう。足取りの重いハイエースは、僕たちの心境を表しているようだった。

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