5 追いつめられる妹
アレクサンドルがシャーロットに婚約を打診した後、無事に婚約が調った。
だが、ゼルマンからはシャーロットのデビュタントまでは内密にしておくように厳命された。
歳が離れていること、もうすぐ学院に入学するため、周囲をあまり騒がしくさせたくない。
そして、アレクサンドル自身が隣国に留学してしまう為であった。
フリッツも側近の一人としてアレクサンドルに付き添って隣国に渡る。
フリッツの心配はシャーロットの事だ。
エマーリアが亡くなってからのゼルマンには覇気がなく、ひたすら仕事に没頭することで悲しみを忘れようとしているかに見えた。
その為、家内の事は亡き叔父の後妻であるメルダに丸投げされており、連れ子のベッティはまるで公爵令嬢のようにふるまい始めていることに不安を覚えていた。
叔母はマルクス公爵の後妻でもなく、単なる居候だ。
ベッティももちろん公爵令嬢ではない。むしろ亡きロバートの実子でもなく、養子縁組もされていなかった彼女は単なる平民である。
ベッティの実父は元は騎士爵を持っていたのだが、怪我の為騎士団を除隊しており、ベッティが産まれた時には平民として働いていたのだ。
「サラはどうした?」
いつもシャーロットの傍にいるはずの侍女がいない。
俯いているシャーロットは首をフルフルと横に振っている。
「サラは、サラは私のために下女に・・・・」
シャーロットは言葉に詰まり、両手をぎゅっと握りしめている。
「おねえさまいる?」
「何度も言っているけどノックをして頂戴、それから私はあなたの姉ではないのだからおねえさまと呼ばないでっておねがいしてるでしょ?」
勝手にシャーロットの部屋に入ってきたベッティは部屋の中をちらちら見ながら物色している。
「いいじゃない、それくらい」
そう言ってベッティは部屋のあちこちを見て回っている。
「あら?これ素敵!ねぇ、これ頂戴」
そう言って手に持ったのはシャーロットがフリッツから送られた華奢な花のブレスレットだった。
「駄目よ、それはお兄様から頂いた大事なものなの」
「あら、おにいさまから?ずるいわ、おねえさまばっかり」
何がずるいのかシャーロットには全くわからない。
「何がずるいのかわからないわ。とにかく返して」
「いやよ、たくさんあるんだから頂戴ったら頂戴」
そう言ってベッティは部屋の外へ駆け出そうとして侍女に止められた。
「お返しください」
そう言って毅然とした態度でベッティを睨むようにして手を出すと、ベッティはしぶしぶブレスレットを手渡した。
「何をしているの?」
突然現れたのはベッティの母親メルダ。
「お母様!ひどいのよ、サラったら私がおねえさまからもらった物を返せっていうの」
「あげてないわ」
シャーロットの反論にちらりとこちらを見たが、
「侍女の分際でえらそうね。謝って頂戴」
「ですがそれはシャーロットお嬢様の物でして」
「口答えするなんて生意気ね。そんな無礼な侍女はいらないわ」
そう言ってメルダはサラの手を掴むと扉の外に連れて行き、外にいた執事見習いに引き渡した。
この執事見習いはシャーロットの知らないうちに採用されていた。
「罰としてむち打ちの罰後、下女になるか、紹介状なしに出ていくか自分で決めなさい」
「叔母様、叔母さまがそのようなことを決める権利はありませんわ」
サラをかばう様にシャーロットが執事見習いから取り返した。
「あら、私は旦那様から家内の事を頼まれているのよ。当然人事についても私に一任されているわよ」
やがてサラはそのまま連れていかれ、ブレスレットもベッティのモノになってしまった。
サラはそれでもシャーロットの為に下女として残ってくれた。
そうやって以前からいた使用人たちは下級使用人に落とされたり、紹介状なしに追い出されることになっていくのだった。
「ちょっとまって、貴方なんでメルダなんかにそんな権限を与えたのよ!」
バシバシと扇でゼルマンの腕を叩くエマーリア。
「え、いやワシ?」
「私が死んだからってあのメルダを後妻にしようとしてたの?」
「ええええええ?」
「いやだわ、私が死んだらすぐに別の女性に手をだすなんて!」
あぁいやだいやだとエマーリアは扇を開いて顔の半分を隠してしまった。
「そんな、エマ~」
ゼルマンは半泣きである。
「だいたいセバスはどうしていたのよ?」
「セバスは父上の代わりに領地へ行っていたようです」
「まぁ本当にメルダを後妻にしようとしてたのね。
シャルが苦しんでたってのに、父親としてどうなのかしら」
「・・・」
やってもいないことで責められるゼルマンであった。
シャーロットが貴族学院に入学する日、同じ馬車にベッティも乗り込もうとした。
「私も一緒に行くのだから同じ馬車でいいじゃない!」
「あなたは公爵令嬢ではないでしょう?公爵家の家紋の付いた馬車に乗せていくことはできないわ」
「おねえさまばっかり!ずるい!」
ベッティはいつもずるい、という。
シャーロットには何がずるいのか全く分からなかった。
メルダも一緒に乗せるように騒ぐので、仕方なく一緒に登校することになってしまった。