3 夢の出来事
(夢編)
「今日は入学式ですね、お兄様」
「あぁ、シャル、今日からは寮生活も始まるから、しばらくは会えないが、いい子にしているんだよ」
「まぁ、私いつもいい子ですわ!でも時々は帰ってきてくださいね」
「うん、なるべく頑張るけど・・・そうだ、シャル、勉強にもなるから手紙をかいてくれよ」
「手紙ですか?」
「うん、毎日の出来事とかでいいんだ。文字の練習にもなるだろう?」
「わかりました。沢山書きますね」
そう言って約束した手紙は始めのうちは本当にたわいもない日常の事ばかりだった。
庭の花が咲いたこと、苦手な食事が出てきたこと、家庭教師の宿題が難しいことなど、読んでいてほほえましいものばかりだった。
そのうち手紙が来る回数が減った。
内容もあまり楽しそうな事も書かれなくなった。
母が病に倒れた、と連絡があった。
フリッツはグリーを連れて帰宅することにした。
「おかえりなさいませ、おにいさま」
迎えに出てきたのは亡くなった叔父ロバートの娘ベッティだった。
「え?ベッティ?」
「はい、お父様が亡くなってからずっとお母様と二人で頑張ってきたんですが、今回おばさまの病の看護の助けになれば、とこちらへ参りましたの」
「あぁ、それはありがとう。ところでシャルは?」
「シャーロットならお部屋に。あの子ずっと部屋にこもってばかりなんですよ」
自分が返ってくるときは必ず出迎えてくれていた妹が出てこない。フリッツは違和感を感じた。
だが、まずは母の様子を見に行くことにしたのだった。
母の部屋は薄暗く、薬の匂いがこもっている。
母エマーリアはすっかり衰弱した様子で美しかった顔は窶れ、手足は驚くほど細くなっていた。
「母上・・・」
側にいたのはコーンル医師だ。
フリッツは小声で話しかけた。
「コーンル医師、母は・・・」
「持って3カ月くらいでしょうな」
「そんな、何とかならないんですか?」
「手は尽くしてるんですが、進行が早くてなかなか・・・薬も効きにくい病なんですよ」
あまりの衝撃にフリッツは言葉を失った。
執務室に向かうとやつれた姿の父親と対面した。
「父上、母上は・・・」
「あぁ、薬も効きが悪い上に進行が速くてな。バロウズも手を尽くしてくれてはいるのだが」
「別の医師に診せてみては?」
「あぁ、前に提案してみたのだが、自分を信用してないのか、とバロウズがひどく憤慨してな」
「だからと言ってこのままでは」
「代々我が家に仕えてくれている専属医師だ、彼がそういうなら仕方がないのかもしれん」
「そんな!」
「すまないが覚悟をしておいてくれ」
がっくりとうなだれた父親にかける言葉もなく、フリッツは執務室を出て行った。
そのままシャーロットの部屋に向かっていると声をかけられた
「おにいさま、どこに行かれるんですか?」
「あぁ、ベッティ、シャルの部屋に行くんだ」
「まぁ、でしたらご一緒させてください」
そう言ってベッティはフリッツに腕を絡めてきた。
「!やめてくれないか?」
「いいじゃないですか、おにいさま。」
「そのおにいさま、もやめてくれ。君は妹じゃないだろ」
「え~、従兄なんだからおにいさまでも間違ってないでしょ?それに私達こちらでお世話になるんですから仲良くしましょうよ」
面倒くさくなったフリッツは腕にベッティをぶら下げたままシャーロットの部屋をノックした。
「お兄様?いつお戻りに?」
驚いた様子のシャーロットにフリッツは逆に驚いた。
「手紙届いてない?母上の見舞いに帰るって」
「受け取っておりません」
「配達ミスかな?ごめんよシャル、驚いただろう?」
「おにいさまのせいじゃありませんわ。そうでしょ?シャーロットねえさま」
「ねえさまってベッティとシャルは同い年じゃないか」
「誕生日が私の方が遅いんです、だから私が妹なんです」
うふふとベッティが笑っているが、シャーロットは困った表情だ。
「ベッティ様、そろそろお部屋にお戻りください」
シャーロット付の侍女サラがそういってベッティを連れて部屋から出て行った。
「いやよ、私もおにいさまとお話がしたいの!」
そう言って暴れていたが、フリッツはそのまま部屋の扉を閉めた。
「シャル、ベッティ達はいつからここに?」
「お母様がお倒れになって暫くしてからです。
いきなりやってきて、お母様のお世話をするからと」
「手紙で知らせてくれたらよかったのに」
「?私お知らせいたしましたけど?」
「え?受け取ってないな。最近は手紙もあまり来ないから、心配してたんだけど」
「いつも通りお手紙は出しておりますが・・・」
「う~ん、母上の事で混乱しているのかもしれないな。一応セバスには話しておくよ」
はい、と頷きシャーロットが何か言いたげにしている。
「どうした?」
「あの、私あまり叔母さまとベッティと仲良くなれなくて」
叔父が生きている頃もあまり叔母や従妹との交流はしていなかった。
なんとなく叔父が会わせるのを避けていたような気もする。
叔母はベッティを連れての再婚で、叔父の恩師からの紹介で断り切れずに婚姻した、と記憶している。
「ムリして仲良くしなくてもいいよ。少し距離を置いて、サラに助けてもらうといい」
「そうします。またお手紙書きますね」
シャーロットはようやくホッとした顔で笑顔を見せてくれた。
フリッツはマリーにベッティ母子とシャーロットがあまり関わらないように頼み、セバスに手紙の件を伝えた。
家の雰囲気がどんよりとしたように感じたが、学院を休むわけにもいかず、後ろ髪をひかれるような思いでフリッツは家を後にした。
その後もフリッツはなるべく時間を作って自宅に戻るようにしていたのだが、段々と悪くなる容態の母と元気のない妹、すっかり老け込んだ父親とは対照的に、叔母とベッティが図々しくなっていくのを感じていた。
父には相談したが、妻の死期が近づいてきていることに憔悴してしまっていて、思考を向けることができ無いようだった。
使用人たちもベッティ母子の扱いに困った様子ではあるが、主人の親戚筋、ということで表立って文句をつけるようなことはなかった。