25 ロバート家
「公爵家には関わるな、とあれほど言ったのに」
子爵邸で、怒れるロバートを前に、ベッティは座ったまま下を向いていた。
「お前は何を考えているんだ?私が話したことを何一つ理解できていなかったということか?」
「いえ、あの」
「学園の自己紹介で、子爵家を名乗ったそうだな」
「・・・あの」
「もういい、成人まではこの家にいさせるつもりだったが、明日からは学園の寮に入ってもらう」
「あなた、そんな・・・」
慌てたメルダがベッティに謝るように囁く。
「お義父様、許してください」
ベッティもあわてて頭を下げる。
二人のそんな姿に、ロバートはため息しか出なかった。
この二人は全く反省などしていない、自分の容姿に自信があり、時間がたてば許してもらえると思っているのだ。
表面上の反省など、騎士団副団長として犯罪者と向きあうことも多いロバートには通用しなかった。
「これは決定事項だ、必要な荷物をまとめなさい」
「「!!」」
有無を言わせぬ雰囲気に、ベッティは黙って従うしかなかった。
「ベッティ、学費と生活費は子爵家から援助しよう」
その言葉に、ベッティははっと顔を上げて目をキラキラさせた。
おそらく自分の可愛さに免じてくれると期待しているのだろう。
「卒業後はどこかの侍女かメイドで働けるように、しっかり学びなさい。
就職先については学園にお願いしておくが、公爵家や我が子爵家とは関係のないところになる」
ロバートの言葉にベッティは信じられないように目を見開き、言葉を失った。
ベッティが部屋を出ていくと、メルダが話しかけた。
「あの、あなた・・・」
「なんだ」
「その、ベッティを追い出すなんて・・・」
「誰も追い出してはいない、そもそもこの家においてやったのも、単なる親切心からだ。
それを子爵令嬢などと・・・、おこがましいにも程がある」
「でも、あの子は可愛いですし・・・」
「だから何だ」
「ですから・・・」
「そもそも、頼みこまれて後妻に娶っただけの事だ」
「ひどい!私を気に入ってくださったのではなかったのですか?」
「は?毎日毎日、入団の時の恩を返せと騎士団に押しかけられ、ひどいときは家にまで・・・。
押し負けしたのだよ」
「何ですって!!」
「ひどい話だよ。後妻など娶るつもりがないといえば、寡婦となった可哀そうな女性を見捨てるなど騎士の風上にも置けん、と怒鳴りつけられ、しまいには息子にまで脅しをかけていたようだしな。
うまく同情を引いたものだな、そんなに貴族夫人になりたかったのか?理解できんよ」
ロバートの告白に、メルダは怒りが抑えられなかった。
「私の事を気に入ってくれたからじゃないですって?
私だってもっと上の爵位の所へ嫁ぎたかったわよ!
公爵家の次男で、余ってる爵位をもらえばいいのに、子爵家なんかで満足して!!」
「だから何だというのだ、騎士団で騎士として働く私に、領地経営までは無理だ。
領民に迷惑をかけるくらいなら、高位の爵位など必要ではない」
「な、それなら、騎士をおやめになればよろしいではないですか!」
メルダが叫ぶように言うと、ロバートはじっとメルダを見つめた。
「本気で言っているのか?」
「ええ、騎士などより伯爵として生きる方が素晴らしいではありませんか」
「そうか」
そう言って、一枚の書類を出した。
「これは?」
「離縁状だ、サインをしてくれ」
「なっ!!どういうことですか?」
「今の発言は、騎士として生涯をささげる私にとって許すことのできない侮辱だ。
もう我慢できない。
それなりの金額を用意しよう。
もちろん、ベッティの資金援助も卒業までは面倒を見る」
「でも・・私にはいく所が・・・その・・実家は下町で・・・」
いきなりの離縁状にメルダは激しく動揺した。
「お前を紹介してきた男爵が、お前を引き取ってくださるそうだ。
そこにしばらくお世話になり、次の縁談でも仕事でも好きなように探せばいい」
その言葉に、全面的に自分に同情して、ロバートとの結婚を承諾させた男爵の手腕を思い出したメルダは、(そうよ、男爵様にお願いすれば、次こそ高位貴族、いえ、せめて伯爵家くらいには縁をつなげてくださるはずだわ)
そう思いなおした。
すでにマルクス公爵家から男爵家が代替わりさせられ、男爵は領地の隠居所に押し込められていることなど知らずに、メルダはサインをしようとペンをとった。
「本当にベッティの事は面倒見てくださるのですよね?」
「ああ、書面にして渡そう」
「私にもそれなりの金額をくださるのよね?」
「それも書面にしよう。それを確認してからサインしてもかまわない。
ただし、今後は一切我が家にも、公爵家にも関わらないことをお前も書面にしてくれ」
メルダの同意により、執事が素早く書類を持ってきた。
事前に準備されていたことに何の疑問も持たず、メルダはサインをすませた。
「準備を済ませたらすぐにでも出ていきますわ」
メルダはそう言って、ウキウキしながら退出していった。
ロバートと執事は目を合わせると、にんまりと笑いあい、互いのこぶしをぶつけて喜びをかみしめた。