頭領「奴隷、お前ギルドから追放な」 奴隷「お断りします」
ある日、奴隷である俺がいつものようにギルドの雑事を片付けていると、なぜか頭領に呼び出された。
言われた事をやるだけの俺に何の用なのか、まったく想像がつかない。
何であれ、きっと掃除か何かだろう。
そう呑気に思っていた矢先、頭領が厳しい眼差しを向けて言ってきた。
「奴隷、お前ギルドから追放な」
「お断りします」
つい俺は反射的に生意気な返事をしてしまう。
とは言え、俺は奴隷だから行く当てが無いので、ここで聞き分け良く了承したものなら飢え死には避けられない。
だから即答したものの、やはり頭領は追放を命じてきた。
「これは決定事項だ。今日の内に荷物をまとめて出て行け」
「私物が無いです。……いえ、まずせめて追放理由だけでも教えてくれませんか?」
「お前さ、手癖が悪いんだよ。ギルド団員の私物を盗んだって報告が入ったんだ」
全くもって身に覚えが無い。
だから単なる紛失か、他の団員の魔が差したのか。
何にしても冤罪で追放だなんて、あまりにも不名誉が過ぎる。
身分が最底辺である奴隷だけど、弁明くらいはしたい。
「いいえ、自分は盗んで無いです。仮に盗んだところで、どうしようもないですよ。奴隷ですから換金は怪しまれます。それに普段のお使いですら、店の人からは盗んだお金だと疑われるくらいですよ」
「言っておくがな、今回の窃盗だけが原因で追放という厳しい処罰を与えているわけじゃないぞ」
「まさか………他にも問題があるのですか」
もしかして俺の家事に不満があったのか。
または態度や礼儀作法か。
そう考えを張り巡らせていたが、次の指摘は予想外のものだった。
「あぁ。お前、女性の団員に対していやらしい目つきを向けているらしいな」
らしい。
らしいってなんだ。
眉唾な情報なのか。
別に奴隷の意見を聞き入れて欲しいわけじゃないが、不確かな話をそのまま鵜呑みにするのは勘弁して欲しい。
「滅相もありません。おそらく俺の目つきは……まぁ整ったものでは無いですから。ちょっと変に見えてしまっただけでしょう」
自分から自身の容姿の悪さを語っていて悲しくなる。
そんな自己嫌悪を抱く間も無く、頭領は別のことも口にしてきた。
「あと真面目な話な。冒険者にはランクが与えられるだろ?」
「はい。そのランクに応じて国から援助を受けられますね。羨ましい話です」
ちなみに俺の身分が奴隷のせいで、ランクどうこう以前に冒険者として扱われてない。
そして、これも俺が問題視されている要素だった。
「つまりお前は国からの援助を受けず、ただギルドの財産を食いつぶしているわけだ」
「ま、待ってください。だからこうして奉仕していますよ。家事、炊事、洗濯、掃除……あと道具の手入れに品の注文。それに事務処理だけじゃなく金銭管理までして、時にはギルドへ仕事が舞い込むよう頼む事もあります」
「………あのな。さっきまでの話を聞いて無かったのか?要するにお前はデタラメを言われるほど団員達から嫌われていて、組織にとって大きなマイナスになっているんだよ。このギルドの仕事が命懸けである以上、如何にモチベーションが大切なのか理解しているよな?」
「あ、あぁ……。さっきの一連の流れは、そういう話だったのですか………」
正直ショックだ。
自分なりというか、誰しもが認めてくれるくらい頑張って結果を出していたはずなのに。
どうやら全ては幻想で、俺の思い上がりだったみたいだ。
立ち直るのに時間が欲しいところだが、頭領はさっさと済ませたい一心で再度言ってきた。
「ということで奴隷。お前、ギルドから追放な」
「お断りします」
「またそれか?お前は奴隷だぞ。まず拒否権が無い」
「なら無理に居座って家事をします」
「意固地になるな。そもそも、そんなことをしたら集団で半殺しにされるぞ。そればかりは頭領としてごめんだ。お前の努力を知っているし、団員の気持ちも分かっている。だから最善かつ穏便に解決したいんだ」
「つまり、頭領は俺の仕事ぶりを認めて下さっているのですね?」
「一応だがな。少なくとも無能の部類では無い」
「それなら他の人にも認められるよう、俺はもっと頑張ります!」
俺は強気の声色で言いきる。
ちなみに俺がここまで言っているのは、これまでの努力を無下にされたくないからだ。
決してギルドに大きな恩があるからじゃない。
それに俺を嫌うのは結構だが、その感情的な理由で俺が奉仕に費やした全てを否定されてしまっては敵わない。
何より同じことが起きると思うと、新天地へ行った所でやる気が湧かないのは目に見えている。
だから、まずはここでギルドの人たちに認めてもらいたい。
そこまでの熱意を頭領は察していないはずだが、何度か頷いた後に前向きな返答を出してくれた。
「……分かった。では、時間をやろう。さっき言ったように追放は決定事項だ。つまりギルド内で決めた事であり、追放に賛同した奴が居るわけだ。これは大半賛同してしまっているが、なにも全員というわけでは無い」
「はい」
「その賛同していた奴らがお前を認め、そして追放しない方が良いと考えを改めれば、また話が変わってくる。……言っている意味が分かるか?」
「要するに、これから俺が追放に賛同していた人達の意見を変えさせればいいのですね」
「そうだ。アプローチ方法は自由にしろ。ただし、仕事はこれまで通りに済ませておけよ」
「分かりました……!では早速、行動に移らせて頂きます!」
「頑張れよ」
これが頭領と最後に話した会話だ。
あれから俺は元より追放に反対していたギルド員を連れて、新ギルドを設立した。
そして一大ギルドへ成長した後、昔奴隷として働いていたギルドの頭領が死んだという話が俺の耳に届く。
それを機に俺はそのギルドを乗っ取り、巨大ギルドの頭領として君臨した。
その頃には、もう奴隷だった面影なんて無い。
「頭領………。俺、言われた通り賛同派だった奴らの意見を変えさせてやりましたよ。何人か追放することになりましたが、それでも俺は成し遂げました」
奴隷だった経験が活きた結果でもあるから感慨深い。
それから俺は多くの功績を立てて、ギルドメンバーの再配属と整理も行った。
その際、心苦しいが別ギルドへの異動やクビを通達しなければならない。
そして権力を示す部屋で俺は豪華な椅子に座り、かつて追放へ追い込もうとしてきた相手に伝えた。
「お前ギルドから追放な」
「お断りします」