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『たからもの』  作者: サファイアの涙
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第96章

 ・・・その夜。


 良作は、風呂から上がると、今回の「北海道農業実習」のための、個人個人に用意された、「実習日誌」に目を通していた。


 これは、農家に派遣された、この日から、実習が終わるまでの期間、毎日、実習内容と、自らの作業の反省点などを振り返り、細かく記録する、いわば「報告書」のようなものだった。


 ただし、実際に記録し始めるのは、受け入れ当日の様子ではなく、あくまでも「作業開始当日」からの記録となっていたのだ。


 良作が、その用紙のレイアウトなどに目を通し、明日からの厳しい実習に備えて、気持ちを新たにしていた、そのとき。


 部屋のドアをノックして、顔をのぞかせた者がいる。


 「・・・良ちゃん、起きてる?」


 「理沙ちゃん・・・どうしたの? まだ寝てなかったの・・・?」


 「うん。・・・なんかね、あたし、眠れないの。ねぇ、良ちゃん、今夜、ここで寝ていい・・・?」


 「え・・・? ダメだよ、理沙ちゃん。お風呂だって、いっしょに入ったばっかりでしょ? それは、さすがにまずいって。」


 「でもね、良ちゃん。お父さんもお母さんもね、良ちゃんといっしょに寝ていいって、言ってくれたよ。『良作君なら、大丈夫だから、安心して、仲良く寝なさい』って・・・。」


 (健一さんと夕子さん、そんなに、僕を信用してくれているのか・・・。そりゃあ、僕だって、理沙ちゃんが可愛いさ。でも、そこまでやってしまったら、美絵子ちゃん・・・あの美絵子ちゃんに申し訳ないじゃないか・・・。)


 「良ちゃん、どうしたの、ぼーっとして。」


 「・・・いや、なんでもない。それじゃね、僕は床のカーペットで横になるから、理沙ちゃんは、このベッドで寝るといいよ。明日早いから、僕、もう寝るね。」


 「良ちゃん、つめたい・・・。あたしと寝るのが、そんなに嫌なの・・・? どうして?」


 良作は、たとえ昔、大の仲良しだったとしても、思春期の男女ふたりが、同じベッドの中で睡眠をとる・・・こんな、教育上よろしくない、好ましくない状況で、はずかしげもなく、堂々と行動を進めてしまうことに、強い抵抗感を感じていた。


 しかし良作は、それが、「美絵子との約束のためだ」という、薄情とも取れる発言を、かつて自分を支え、限りなく愛してくれ、今なお、こうして想いを寄せてくれる、かわいい理沙に、容赦なくぶつけることなどできなかった。


 理沙も、美絵子同様、自分をずっと待ち続け、ふたたび、こうして再会できた喜びに、素直に感動し、信用して体まで預ける・・・こう言ってくれているのだ。


 良作は・・・かつて、美絵子が不在のつらい時期、理沙がどれほど、自分のチカラとなってくれ、「美絵子の代役」として、「裏方うらかた」として、控えめに三年も支え続けてくれたかを思い出していた。


 「理沙ちゃん、僕がいない間、つらかったかい・・・? さびしかったかい?」


 「良ちゃん・・・。言わなくても、分かってくれてるはずでしょう・・・? あたしね、誰とも付き合わずに、良ちゃんと会える日を待っていたわ。告白されても、全部、断ってきたの。さかうらみされて、いじめられて、何度も不登校になったわ。それでも、あたし・・・良ちゃんのことが忘れられなかった。でもね・・・良ちゃんの心の中には、『あの人』がいるもんね。きっと、今でも・・・。だから、あたしね、良ちゃんがここにいる間だけの恋人でいいの。昔から・・・ちっちゃいときから、あたし、良ちゃんのそばにいられるだけで、幸せなの。安心するの・・・だから・・・」


 良作は、驚いた。


 この理沙も、美絵子同様、純粋に自分だけを想い、他の誰にも心を許すことなく、今日まで自分をまっすぐに待ちわびていたことに。


 きっと、理沙が連絡してこなくなったのは、良作が、いつ、美絵子と再会して元の関係に戻っているか分からず、万が一そうなっていた場合、その連絡によって、自分と美絵子の関係を邪魔してしまうことになりかねない・・・そう思って、自分からの連絡を控え、ただ良作からの連絡をひたすら待っていたからに違いない。


 良作は、そこまで聞くと、たまらなく理沙がいとおしくなり、そんなけなげな理沙に優しく言った。


 「・・・おいで、理沙ちゃん。いっしょに寝よう。かわいい、かわいい、僕の味方。」

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