第92章
「おおー! 良作君じゃないか! ひさしぶりだなぁ・・・。」
理沙の父は、良作を見るなり、うれしそうに叫んだ。
実は彼は、仕事などの都合で、集合時間に大幅に遅れ、良作を「待ちぼうけ」させていたのだ。
「健一さん! ・・・まさか、あなたの家にお世話になるとは思いませんでした。」
良作は以前、理沙の家に宿題を教えに行っていた時分、この父親と非常に懇意になり、下の名前で呼び合う間柄になっていたのだ。
「いや~、しっかし、奇遇というのか、こりゃー、神様のいたずらちゅうか、気まぐれだあな。あっはっはっは・・・」
「本当ですね。こういうのを、『事実は小説よりなんとやら』って言うんですかね・・・?」
「おうよ。君のいうとおりさね。あいかわらず、ユーモアのセンスあるじゃんか、良作君はよお。」
理沙の父は、まだ若かった。
高校を卒業後に、今の奥さんと結婚し・・・すぐに理沙が生まれたそうだ。
結婚式では、すでに奥さんのおなかが大きくなっていて、理沙がいつでも、良作たち、表の人間たちに会いに出てこられるような、いわば「スタンバイ状態」だったそうな。
良作は、今回、自分に舞い降りた「幸運」を素直に喜んだ。
ひょうきんで気さくな理沙の父の家ならば、農作業に不慣れな良作でも、あたたかく迎え入れてくれるに違いない。
その農作業でも、親切に手ほどきしてくれるだろうし、きっと気持ちよく作業させてくれるはずだ、と。
それに・・・なによりも、理沙と再会できることがうれしかった。
「ところで、健一さん。理沙ちゃんは、どうしてますか・・・? 元気でいますか?」
「おう、元気だともよ。俺もいろいろ忙しい時期だったんで、ずっと理沙に連絡取らせねえで、ごめんな。理沙は理沙で、いろいろあったしよ・・・。今日、学校から帰ったら、あらためて会わせっから。」
「ありがとうございます。理沙ちゃんに会えるんですよね、久しぶりに。何年になるのかなぁ・・・。」
ここで、良作は、理沙の父、健一の明るい表情に、ほんの一瞬だけ・・・わずかな瞬間だけ、影がさしたのを見逃さなかった。
(理沙ちゃん、何かあったんだろうか・・・? 健一さんの暗い表情なんて、今まで一度だって見たことがなかったのに・・・)
一抹の不安を抱えながらも良作は、理沙の父の運転する軽トラックに乗ると、一路、理沙の自宅へと向かった。




