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『たからもの』  作者: サファイアの涙
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第80章

 それからの良作と遠山里香は、日曜ごとに会い、図書館で並んで勉強したり、映画を観に行ったりして、恋人どうしのように仲むつまじい関係になった。


 しかし、お互いに在籍する学校が違っていたこと、良作が極度の成績不振で学業に嫌気がさしたことなどの悪条件が重なり・・・やがて、二人は次第に会う頻度が減って疎遠になり、ほぼ絶縁状態になっていった。


 北海道に引っ越していった田中理沙とも、もう連絡は取っていない。


 良作は、中学時代は成績優秀で、学校でもトップクラスであった。


 高校入試の一ヶ月前に実施された模擬試験では、ついに校内一位となり、将来を大きく期待された。


 意気揚々(いきようよう)と男女共学の地元のY東高校に入学した彼は、校内で実施される細かいテストでも、英語以外の教科で一位を独占し・・・廊下に張り出される順位表の一番てっぺんには、常に「高田良作」の名が。


 クラスでも注目と尊敬を一身に集める良作。


 ・・・しかし、そんな彼も、やがてスランプに陥り、じょじょに成績が下がってゆき・・・元々苦手だった英語も、中学時代には「がむしゃら勉強法」でなんとか上位の成績を保っていたが・・・その英語から崩れていき、張り出されるランキングからも外れ・・・やがては、クラスの下位に甘んじることに。


 そうすると、はじめチヤホヤしていたクラスメートたちの態度も変わってゆき・・・良作の将来を嘱望しょくぼうしていた教師陣も、彼を劣等生扱いするようになった。


 生まれて初めて、こうした「手のひら返し」という、残酷な現実をまざまざと見せつけられた良作は・・・二年生になり、国立大学の進学クラスに、「ドンケツ」でなんとか在籍してはいたものの、この頃には、極度の「人間不信」になり、さらに成績は落ちていった。


 家庭においても彼は、両親から責められ、なじられ・・・高2の夏以降は、完全に勉強を放棄した。


 その時分の彼の生きがいは・・・映画、漫画・・・そして、小説だった。


 自暴自棄の荒れた生活を送る彼を救ってくれたのは・・・そうした娯楽と、かすかに残る美絵子たちとの想い出の数々。


 良作は、つらい日々の中でも、美絵子と過ごした、キラキラと輝く、あの夢のような日々・・・そして、優しかった田中理沙との甘い日々、自分を十分理解し、ときには悩みの数々も嫌な顔ひとつせず聞いてくれた遠山里香との記憶を支えに、なんとか自分をコントロールし・・・最悪の「ドロップアウト」だけは、まぬかれた。


 クラスメートからも、そして担任からも見放された彼の「暗黒時代」もやがて終わりを告げ・・・ようやく彼は、そのいまわしい生活から解放された。


 大学進学はかなわなかった彼だったが、行き場を失った彼に、救いの手を差し伸べたのは、彼の父だった。


 実は良作の父も、学生時代に、息子とまったく同じケースで成績不振に陥り、クラスからつまはじきにされ・・・大学進学をあきらめて、良作がいま入学した県立の「農業大学校」に行き先を求めたのだった。


 父の「母校」に入学してからの良作は、高校時代に彼をなじっていた父とも和解し、母とも以前の関係に戻り・・・二人とも、前よりも良作の相談にことあるごとに応じてくれるようになっていた。


 とはいえ、非農家出身だった彼に、この新しい母校での農作業はキツかった。


 それまで、まともな肉体労働を経験してこなかった良作は、常日頃から家の手伝いをし、農作業に慣れていたクラスの仲間たちから遅れをとり・・・親しい友人も作れないまま、寮生活に入ることに。


 ここの学校では、「仲間作り」という観点から、学校からすぐそばに住む学生も含めて、全員が一年時に、寮生活が強制的に課される。


 共同生活することによって、これからの日本の農業を背負って立つ、頼もしい仲間作りと団結力を身に付けさせようというねらいによる制度であったが・・・これまで、不良のひとりもいなかった「お坊ちゃんお嬢ちゃん学校」で、優等生たちに囲まれて生活していた彼にとって、酒・タバコ・女遊びなどの「オトナのたしなみ」が当たり前のクラスメートたちとは、最初から肌が合わなかった。


 そんな良作を救ったのが、寮の中にある、「読書ルーム」だった。


 それほど広い部屋ではなく、どちらかといえば殺風景な部屋であったが・・・彼にとっては、まさに「シェルター」そのものであった。


 中には、少ないとはいえ、「海外ジョーク」などの面白い書籍もあったし、不良学生たちは、こうした本を読みに部屋には入ってこないので、静かな環境を好み、読書好きな良作にとっては、まさにうってつけの「天国」だったのだ。


 良作は、「農業科」という、稲作や畑作の専攻のクラスに在籍していたが、やがて、二人の「畜産科」という、牛や豚、鶏などの肥育・飼育が専門のクラスの学生二人と仲良くなり、三人で、この狭い部屋で語り合ったり、読書にふけるようになった。


 そしてまた彼は、他の二人が室内にいない日には、かつて美絵子や理沙、そして里香と過ごした、あのなつかしい、ときめくような日々の想い出を少しずつノートに記録し始め・・・それをなぐさみとするようになる。


 書いているうちに、次々と忘れかけた貴重な想い出の数々が記憶の泉から湧き出るようにあふれ出し・・・ときには涙し、そして、ときには、遠くにかすんで見える、三人の愛らしい面影を追いながらためいきをつき・・・ひとり、幻想の中で遊び、さまよう彼・・・。


 良作は、美絵子と理沙・・・そして、里香が、かつて自分に向けてくれた「愛のあかし」というものを、いつか「小説」という形で残したいと思い・・・こうして、ヒマを見つけては記録し、想い出を探す長い長い旅に身を投じたのであった。

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