第76章
「良作君・・・久しぶり。元気だった・・・?」
「里香ちゃんじゃないか! 君こそ、どうしてた・・・? 何年ぶりになるんだい? 最後に会ってから・・・」
「そうね・・・もう、三年以上たつわ。あたしが東京の中学に行ってから・・・。もう、あたし、高校生になっちゃった。」
「僕も同様さ。」
遠山里香は、K小学校を卒業すると同時に、母方の事情もあって、都会の中学校に入学し・・・そのまま、良作とは疎遠になっていたのだった。
「里香ちゃん・・・こっちにはどうして・・・?」
「うん。実はね、また家の事情が変わってね、こっちの高校に通うことになったの。ほら、U町にある、男女共学の・・・。」
「ああ・・・U高校か。遠いな。電車で通ってるのかい・・・?」
「うん。毎朝、早起きで、面倒だわ。良作君と同じ、Y東高校に通いたかった。あそこだって、共学よね。」
「ああ。でもね、英語の先生が『鬼教師』だから、やめておいて正解だったかもしれないよ。僕なんか、英語苦手だから、毎日毎日、頭、棒で叩かれてるしね・・・。」
「まっ、ひどい先生ね。」
「ははは。あれはあれで、けっこういい先生なんだ。嫌いじゃないよ。」
良作と里香が話している最中にも、大型重機は動き出し・・・いよいよ、取り壊し作業が始まった。
すると、今までガヤガヤと雑談していた、良作たちを含む、その場の集団が・・・ぴたりと口をつぐみ、重機が、校舎東側の瓦屋根を破壊するのを凝視していた。
バリバリと音を立てて、崩れゆく屋根。
そこに、ほこりが立たぬよう、放水車から放たれる水が、容赦なく損傷部分をぬらす。
そして重機は、その下にある、図書室を破壊し始めた。
ここはかつて・・・良作と美絵子が、並んで絵本を読んだ、大切な想い出の場所・・・そして、大山少年と、熱き友情をはぐくんだ、二人にとっては、何年も自分たちを孤独の淵から護ってくれた、居心地のいい、忘れがたい「シェルター」でもあった。
その想い出の空間がいま、つめたい機械の手で、こなごなに破壊されようとしている・・・。
良作がふと横を見ると、例の、ボーイフレンドが出来た、あの子・・・良作に最後まで付き合ってくれた一番可愛い女の子が、目にいっぱい涙を浮かべている。
「もう・・・もう、やめて!」
彼女はそう叫ぶと、ボーイフレンドが肩に回した腕を振り切って、泣きながら校門に向かって駆けていった。
「あっ! 由美ちゃん!!」
あわてて後を追うボーイフレンドの彼。
良作と里香が、あっけにとられてその様子を見ていると・・・その間にも重機は、容赦なく思い出の学び舎を破壊してゆく。
・・・見ると、彼女だけではない。
大人も・・・そして、子供も・・・みんなハンカチで目をおさえたり、すすり泣きをしながら、校舎が削られていくのを見守っているではないか。
(きっと・・・みんな、ここで学んだ学友なんだ。つらいのは・・・さびしいのは、僕らだけじゃないんだ。そうだ。そうなんだよな・・・。)
良作がふと気づくと、里香がしゃがみこんで泣いている。
彼女もまた・・・自分と同じように、ここにいる皆と同様に「痛み」を感じ、校舎が破壊されるにしたがい、その向こう側に見える青空の空間が増すにつれて・・・自分の中にある、大切な「たからもの」が、ひとつ失われてゆくのをかみしめていたのだ。
そして里香は・・・無言でブランコのところに走り寄ると、うつむきながら座り、前後に体を揺らし始めた。
「里香ちゃん・・・」
良作は、そんな里香を気遣い・・・自分もブランコに揺られた。
ここはかつて、美絵子と良作が、放課後に下校前のひとときを過ごした、幸せの空間であった。
遠くで校舎が破壊されてゆく中・・・いまや良作の隣にいるのは、美絵子でも、田中理沙でもなく、遠山里香。
彼は、あいもかわらぬ運命の皮肉さと、そのきまぐれさを痛切に肌で感じながらも、隣に座る里香に話しかける。
「・・・里香ちゃん。もう、帰らないか。じゅうぶんだよ、もう。」
「そうよね。・・・うん、そうよ。でも・・・家に帰りたくない。またあたし、ひとりぼっちになっちゃうもの。」
「里香ちゃん、だったらうちに来ないか・・・?」
「・・・えっ?」
「里香ちゃんとは、いままで、あまり話せなかったからね。・・・うちで、ゆっくり話そうよ。」
「いいの・・・?」
「ああ。」
こうして里香は、まだ破壊が続く学び舎を視界の片すみに感じつつ・・・良作の自転車の後部に乗り、彼の腰に両手でしっかりとつかまり、ゆっくりとK小学校をあとにした。




