第64章
それからの良作は、田中理沙と過ごすようになった。
休み時間はもちろん、下校時も。
彼は、かつての美絵子との日々を「トレース」するかのように、夢中で理沙と遊ぶ。
彼女も美絵子同様、良作を「兄貴分」としてではなく、「彼氏」として見て彼に寄り添い、甘え、二人は本当の恋人どうしのように、仲むつまじく時間を共有してゆく。
しかし良作は、放課後、理沙が待つ校庭に行っても、決していっしょにブランコに乗ろうとはしなかった。
理沙もあえてそれを彼に求めなかったし、そのことを口にすることさえしなかった。
もしかしたらそれは・・・美絵子に対する、せめてもの配慮、遠慮の気持ちだったのかもしれない。
理沙と良作は、校庭で落ち合った後は、美絵子と彼がそうしていたように鬼ごっこやかくれんぼをすることもなく、いっしょに手をつなぎながら、二人で並んでまっすぐ下校するのみだったのである。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
そんなある日。
授業と清掃当番を終えた良作が、西昇降口でシューズを履き替え、校門で待つ田中理沙に会いにいこうとすると、少し歩きだしたところで、後ろから声をかけられた。
振り向いた良作の目には・・・クラスメートの遠山里香の姿が。
里香は、良作が校庭に倒れ、退院して七夕祭りの会場に着いたあの日、願い事を記す「短冊」へ、文言は短いものの、良作への愛のメッセージをしたため、彼への想いを告白した女子児童だった。
彼女は言う。
「良作君・・・話があるの。」
「話・・・何だい?」
「・・・ちかごろ良作君、すっかり変わっちゃったよね。あの校門にいる子・・・あの子のお気に入りじゃない。」
「お気に入り・・・? 何の話だい??」
「とぼけないで。ねぇ、良作君・・・前に遊んでいた、あの子はどうしたの? 転校しちゃったあの子のことよ。あたし・・・今でも良作君があの子のことを想っていて、いつか会える日を心待ちにしてるって、そう思ってた。それなのに、何よ、これ?? いったい、どうしちゃったの・・・?」
「里香ちゃん・・・さっきから、何の話をしてるんだい・・・? あの理沙ちゃんと帰って、何が悪いんだい?」
「良作君って、そんな人だったの・・・? そんな冷たい人だったの? 転校してったあの子・・・今の良作君の姿を見たら、きっと悲しむんじゃないの・・・?」
「・・・君に、僕の気持ちがわかるのかい? 今の僕の気持ちが・・・。」
「わかるわよ。良作君・・・本当はさびしいんでしょ? あの子に会いたいんでしょ・・・? でも、何か理由があって、会えないのよね。あたしにだって、そのくらいは分かるわ。だって、あたし、良作君のこと・・・」
そう言って、里香は言葉を詰まらせた。
「あたしね・・・以前、良作君が仲良く遊んでいたあの子になら、負けてもいいって思ったわ。あの子になら・・・。良作君が、あの新しい子に夢中になるのはわかるの。あの子だって、良作君を励ましてくれて、明るくていい子だわ。でも良作君・・・これでいいの? このままで・・・?」
「僕だって、つらいんだ! 本当は、僕だって・・・」
そう言って良作は、校門に向かって駆け出した。
「良作君・・・」
二人の様子を遠くから心配そうに見つめていた理沙も、自分を振り切って駆けてゆく良作を引きとめることはできなかった。
(僕の気持ちなんか・・・誰にも分かるもんか・・・誰にも・・・。)
通学路をひた走った良作は、やがて、美絵子がかつて暮らしていた、あのなつかしい小さな家の引き戸の前へ。
家には、これまで同様、人の気配はない。
良作は、あの日・・・美絵子が引っ越していった当日のあの日のことを思い起こしていた。
放課後に一年生の教室で、鈴木先生から美絵子の転校の話を聞き、シューズを履いたまま駆け出し、美絵子の家へ向かって駆けていったあの日のことを。
・・・そして、目の前の引き戸のガラスのところに、美絵子からの、悲しい別れのメッセージの書かれた小さなメモを見つけた、あのときのことを。
「美絵子ちゃん・・・ごめんよ。今、つらいよね。苦しいよね。・・・なのに僕は・・・。」
地面に突っ伏して泣きつづける良作・・・。
そんな良作に、優しい声が届く。
「良ちゃん・・・」
見あげた良作の目には、優しく・・・しかし、どこかさびしげな理沙の姿が。
「良ちゃん、泣かないで。・・・あたし、わかってるよ。良ちゃんが、今でも美絵子ちゃんのこと好きだって・・・。」
「・・・理沙ちゃん。」
「あたし、美絵子ちゃんの一番の友達だったんだもん。良ちゃんの今の気持ちくらい、お見通し。だから良ちゃん・・・今は、あたしが美絵子ちゃんのかわりになってあげる。あたし・・・美絵子ちゃんにはかなわない。だって・・・良ちゃんが本当に好きなのって、美絵子ちゃんだけだもんね。それでもいいの。良ちゃんのそばにいられるだけで、あたし幸せなの。楽しいの・・・。」
「理沙ちゃん・・・君は・・・」
良作は、そんな優しい理沙がたまらなくいとおしくなり・・・思わず両腕でぎゅっと抱きしめた。
「良ちゃん・・・」
理沙も、そんな良作の気持ちに応えるように、良作を強く抱きしめ、彼の胸に顔をうずめた。
そして・・・そんな二人を遠くから見守る、遠山里香の姿も。
きっと、みなお互いの心はわかっていたのだ。
でも、今はこうするしかない。
こうするしかないのだ・・・。




