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『たからもの』  作者: サファイアの涙
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第61章

 応接室に、しばし無言のときが流れる。


 やがて顔を上げた母親は、良作に非礼をわびると言った。


 「良作さん・・・まるで、うちに新しい息子ができたようだわ。歳の離れた、よし子の弟がね。私、よし子が生まれてからも、男の子に恵まれなかったから、この鈴木家が私の代で絶えてしまうのをとても残念に・・・そして、さびしく思いました。」


 「お母さん・・・」


 「よし子は私にとって大切な、たったひとりの娘でした。・・・私の自慢の娘です。私を常に気遣い、いつも支えてくれました。幼い頃に父を病気で失くし・・・女手ひとつで育てる私に、いつも優しく寄り添ってくれました。幼少期からよし子は、私に、母親としても・・・そして、年齢の離れた実の『姉』としても、明るく元気に接してくれたんですよ。良作さん・・・もし、あなたが本当のよし子の弟だったなら・・・きっと、どこへ出しても鈴木家の名に恥じないような立派な跡取りになっていると思うの。」


 「・・・・・。」


 「良作さんは、ここへ来る前に、北野先生とよし子のことを聞いていると思うの。ね・・・? 知っているんでしょ・・・?」


 「ええ。中野校長先生からも、そして北野先生ご本人からも、直接聞かせていただきました。」


 「そう・・・。北野先生も、良作さん同様に、とっても綺麗な瞳でよし子を見つめていたわ。彼ね、うちにもよく遊びに来ていたものよ。私を『お母さん』って、呼んでくれてね。良作さんを見ていると・・・まるで、あの頃のきらきらと輝いた瞳の北野先生の姿が目に浮かんでくるようだわ。娘を、『よし子ちゃん』って呼んで、妹のように・・・いえ、歳の離れた恋人のように大切にしてくれた、あの頃の北野先生のことが・・・。よし子は、実を言うとね・・・生まれつき体が弱い子でした。元気に振舞ってはいたけれど、A小学校に入学してからも、たびたび学校を休んでいました。北野君はね・・・よし子が学校を休むたびに心配し、家へ何度も足を運んでくれたわ。よし子のことを、心底愛してくれたんですね・・・。」


 良作は、自分と、かつての少年時代の北野先生を重ね合わせて、その当時の仲むつまじい二人の様子を思い浮かべ、しばし恍惚こうこつとして思い出に浸る母親の瞳に・・・良作にとっての優しくもなつかしい『姉』としてのよし子先生の面影を見た。


 「良作さん、私、こう思うの。きっとね・・・もし、北野先生が当時、よし子の学校にいなくて、代わりにあなたがいたなら・・・きっとよし子は、良作さんに恋をしていたと思うんです。」


 「お母さん・・・それは・・・」


 「よし子が良作さんに向けて、最後の力を振り絞って書いた、あの手紙・・・あの子にとっての『遺書』を、私も読みました。・・・私ね、よし子の葬儀が終わってからも、しばらくは、その手紙を読むことができませんでした。あの子が、最後に遺したかったメッセージが何なのか・・・どんなものなのか、気になってはいたけれど・・・」


 「・・・・・。」


 「読んでみて驚きました。私のことが、何も書いていなかったんです。ずっと私を支え、励まし、実の姉妹のようにともに生きてきた私のことが・・・。代わりに書いてあったのが・・・良作さん、あなたと峯岸さんのことでした。きっとよし子は、自分の死期が近いことを悟り、二人をもう一度、かつての仲の良い二人に戻してあげたいと思ったのね。・・・そして、苦しむ峯岸さんのことを、一刻も早く救ってあげたいとも。でも・・・よし子は、それを伝える寸前に力尽きました。運命って・・・本当に非情なものです。あれほど立派で、人に恥じない生き方をしてきた、よし子が最後に伝えようとした大切なメッセージさえ・・・運命の神様は認めてはくれませんでした。」


 「・・・お母さん。」


 「でもね、良作さん。決して、あきらめちゃだめよ。峯岸さんに対する、熱い想いがあなたの胸に宿っている限り・・・きっといつか、彼女に会えると思うの。峯岸さんだって、今はつらく苦しい状況かもしれないけれど・・・いつか良作さんに会える日を心待ちにして、それを支えに、今このときも、希望を捨てずに生きておられると思うの。私は・・・二人が再会して、元の仲良しに・・・いえ、今度こそ、ゆるぎない『生涯のパートナー』として、新しい人生をスタートできることを祈っています。」


 「お母さん、僕は・・・!」


 良作の目から、涙があふれた。


 「・・・いらっしゃい。」


 母親はそう言って、良作をその胸に強く抱きしめた。


 ・・・そう。かつて、よし子先生がそうしてくれたように。


 「あなたは大切な私の息子よ。かわいいかわいい、私の子供。だからね、良作さん。もし、峯岸さんと・・・美絵子さんともう一度会えたなら、いつか二人で、この家に遊びに来てね。私・・・ずっと待ってるわ。その日が来るのを、いつまでもずっと・・・」


 母親はそう言って、良作の頭をいとおしそうになでた。


 良作は、よし子先生の胸で泣いた、あの日のように・・・同じ『桃の香り』を先生の母親から感じ取りながら・・・ずっと、そのあたたかい胸の中で泣き続けるのだった。

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