第59章
良作たち一行がまず目にしたものは・・・質素ではあるが、奥行きが深く、格式のある「数寄屋造り」の日本家屋の母屋と、慎ましやかで、手入れの行き届いた築山のある庭園だった。
鈴木家は、室町時代から続く武士の家系で、由緒ある家柄だった。
しかし、そのたたずまいには、およそ家柄による「驕り」というものをみじんも感じさせないほど、控えめで上品な雰囲気が漂っていた。
玄関から出てきた老婦人をひとめ見て、良作たちは思わず「あっ!」と声をあげた。
「・・・鈴木先生!」
良作は、目の前にいる亡き鈴木先生にそっくりな面影を持つ、この年老いた女性に、ついそう呼びかけてしまった。
・・・それくらい、女性は鈴木先生とうりふたつだったのだ。
きっと、鈴木先生がずっと生きておられたなら・・・この老婦人のように、上品で美しく歳を重ねられていたに違いない・・・そのくらい、ふたりは似ていたのだ。
「皆さん・・・遠路はるばる、ようこそ、おいでくださいました。さあ、どうぞ、おあがりくださいまし。」
女性はそう告げると、深々と頭を下げた。
しぐさや声までが、鈴木よし子先生にそっくりだった。
良作たちは、水木先生を先頭に、ヒノキ造りの香り高い長い廊下を、ゆっくりと奥へ。
彼らが案内されたのは、大きな和室の畳の部屋・・・児童が全員おさまるほどの広い大広間だった。
それだけではない。
その部屋には、一人ひとりのための座布団がすでに敷かれ、水羊羹や麦茶、果物が載った箱膳が用意され、今日、ここに来た一行のための手厚いもてなしの真心が感じられた。
「今日は、娘のよし子のために、このように遠くから我が家を訪ねてくださり・・・本当に感謝申し上げます。たいしたものはご用意できませんで、お口に合うか分かりませんが、どうぞ、ゆっくりとくつろいでいってくださいまし。」
ここで、2年生の新担任の水木先生は、2年生と良作がしたためた、亡き先生への心を込めた手紙を集め、老婦人に渡した。
よし子先生の母親は、それらを、わが子を抱くように優しく胸に抱くと・・・それまで押し殺していた感情を解き放つように、激しくむせび泣いた。
・・・それは、良作たち全員の魂を揺さぶるような、とても深い悲しみに満ち溢れた、大切なわが子を失った者だけが発せられるような、悲痛な魂の叫び声のようだった。
やがて泣きやんだよし子先生の母親は、皆に向き直り、ハンカチで、残った涙をぬぐうと言った。
「・・・すみません。大変、お見苦しい姿を見せてしまいまして・・・。こうして皆さんが、今日この日に、このよし子の生家においでくださったのも、何かのめぐり合わせなんでしょう。今日は・・・実は、よし子の誕生日なんですよ。」
皆、申しあわせたように、お互いを見た。
・・・なにか、大きな愛の力が、こうして彼らを、先生の生まれ故郷に導かせたのをひとりひとり、強く感じたからだろう。
先生の母親は、いろいろ先生の幼い頃の様子や、家での暮らしぶりを語って聞かせてくれた。
それらの話を聞くと・・・先生がいかに我が家を愛し、家族を大切にし、由緒ある家系に恥じない立派な生き方をしてきたのか、あらためて強く感じられた。
それは不思議な感覚だった。
こうして母親の話を聞いているだけで・・・目の前に、亡き優しい先生の面影がよみがえってくるような気がしてくるのだ。
2年生たちは、一時間目が始まる前の、あのホームルームで、いつも教壇に立って優しく語りかけていた先生のなつかしい姿を見、良作は、美絵子がいなくなってから、幾度となく自分を励まし、ときにはそのあたたかい胸に抱いて包み込んでくれた先生のぬくもりを感じ・・・それぞれが思い思いに、先生との大切な思い出に浸っていた。
やがて、先生の母親は、あらためて皆に礼を述べ、おみやげのための駄菓子とジュースまで、ひとりひとりに手渡してくれた。
そして、水木先生と一言二言話した母親は・・・ぞろぞろと部屋をあとにする児童を見送ると、良作に話しかけてきた。
「・・・あなたが高田良作さんね。よし子から、あなたのことはよく聞いていたわ。実は私、あなたにお話したいことがあるの。水木先生には、良作さんをちょっとお借りしますって言ってあるから・・・」
そう言って母親は、良作を別室の応接室に案内したのである。




