第56章
鈴木先生への墓参の後は、D寺本堂にて、ご住職の簡単な説法が待っていた。
全員に、冷たい麦茶と饅頭が配られ・・・「饅頭の中の小豆が邪気を払う」というような話が続いた。
床張りの大きな本堂だったが、小学生がずっと床に正座するのはつらいので・・・住職のご配慮で、あらかじめ、人数分の椅子が用意されていた。
その後、鈴木先生のためのお経が唱えられ・・・住職の奥さんによる「紙芝居」も披露された。
その後の行事は、先生のご自宅へ、児童の書いた手紙を届けるイベントだけだったが・・・少しくつろいだあとに、住職が寺のあちこちを案内し、寺の歴史や仏像の由来を面白く話す・・・このような予定だった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
良作が、本堂に飾られた「経文」や、この寺のご本尊様を興味深げに眺めていると、彼の元担任の北野先生が、声をかけてきた。
「良作君・・・ちょっといいかな。」
「はい、先生、何でしょうか・・・?」
「なぁ、ちょっと、外を散歩してこないか、私らだけで。」
「ええ、いいですが・・・他の子たちは・・・?」
「彼らはしばらく、住職といろいろ見学するから、まだ出発まで時間はあるだろう。鈴木先生のご自宅も、ここから歩いていける距離だしな。」
「分かりました。では・・・。」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
良作と北野先生は、並んで境内から表の農道に出て、ゆっくりと歩きながら話し始めた。
「良作君、今回の鈴木先生の件については・・・つらかったろうな。今の心境はどうだ・・・?」
「ええ。先生が亡くなられた当初は、本当にショックで、目の前が真っ暗になったようでした。みんなも、きっとそうだったと思うんです。」
「うん。もちろん、私もだ。良作君は・・・中野校長先生から、きっと、私と鈴木先生の昔の話を聞いているとは思うが・・・もう、知ってはいるんだろ?」
「はい、聞かせていただきました。先生、今の校長先生って、とってもお優しくて、懐の深い人格者ですよね。前の校長先生もそうでしたが。」
「そうだ。中野先生は、私の恩師だった。いや、今でも頼りがいのある、立派な方だ。私はね、この歳になっても、いまだに先生に、教わりっぱなしなんだよ。まったく頭が上がらない。」
良作は、自分の担任だった頃の、無口だった北野先生とは、ずいぶん印象が違って見えるなぁ、と感じていた。
「今回、良作君を、このバスツアーに呼んだ理由・・・それはね、君がよし子先生にとって、特別な児童だったからだよ。」
「特別な児童・・・ですか?」
「そうだ。6年生の卒業式の日・・・あの離任式の後にだ。君と、よし子先生が話しているのを、私もそばで聞いていたんだ。彼女がどれほど君を想い、自分の子供のように慈しんでいた、ということをね。」
「北野先生・・・」
「そのときに、一年生の峯岸君のことも話題に出ていたな。その子は・・・良作君と、休み時間にずっといっしょに遊んでいた、あの子のことなんだろ・・・?」
「はい。美絵子ちゃん・・・いや、峯岸さんとは、本当に仲良くさせてもらいました。」
「私はね、君たちを職員室の窓から眺めていて・・・とても、うらやましく思ったよ。私と、当時のよし子先生と同じように、いや、それ以上に仲むつまじかったからな・・・。実に良好な、見ていて、私まで幸福な気持ちになる・・・不思議な感覚だったんだ。まるで、子供時代の、よし子先生との甘い日々が、目の前によみがえってくるようでね・・・」
北野先生はそう言うと、そっと涙をふいた。
良作は、先生の涙など、それまで、ただの一度も見たことがなかった。
「先生・・・実は先生に、見ていただきたいものがあるんです。・・・鈴木先生からの、僕宛の手紙なんです。」
「なに、よし子先生からの・・・だって?」
「はい。それが・・・この手紙が僕の家に届いたのが、昨日の昼ごろだったらしいんです。うちの母が受け取りました。先生・・・これって、どういうことなんでしょうか・・・?」
「ううむ。よし子先生が亡くなったのは、七夕の日だったものな。・・・良作君、すまないが、その手紙、私にも読ませてくれないか・・・?」
「・・・はい。」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
手紙を読み終えた北野先生は青空を見あげて・・・深いためいきをついた。
しばし、ふたりの間に、無言のときが流れる。
良作は、寺の裏手の山や林から、もう秋の足音が近づき、めっきり少なくなったセミの声を聞きながら・・・先生の次の言葉を待っていた。
「・・・良作君。まぎれもなくこれは、よし子先生本人の書いた手紙だよ。きっと、亡くなった日の朝に、最後のメッセージを、良作君と峯岸君のためにしたためてくれたんだな・・・よし子先生・・・いや、よし子ちゃん、君は・・・君って子は・・・!」
北野先生は、そう言って良作に背中を向け・・・声をふるわせて泣いた。
「先生・・・。」
良作は、鈴木先生が、北野先生にとってもかけがえのない、大切な人だったことに改めて思い至り・・・そんな先生の背中に、そっと右手を置いた。




