第55章
バスは、A市の観光地・・・日本最古の学校「史跡A学校」、「A織姫神社」などを巡り、昼食には、大きな「そば屋」にも立ち寄った。
やがて、目的地である、鈴木先生の菩提寺、「浄土宗寺院D寺」に到着した。
良作たちがバスを降りると、そこには、なつかしい良作の元担任、北野先生が待っていた。
このD寺は、周りを山林に囲まれた静かな地域にあり、あまり大きくはない寺院だが、とても落ち着いた静かなたたずまいが魅力的な空間だった。
境内は、やっと観光バスが入れるような広さだったが、向かって正面には、鈴木先生が眠る、この寺の墓地が見える。
良作は、この静かでのどかな風景を見て、その清らかな空気を吸って・・・この環境こそが、まさに鈴木先生がゆっくりと眠るにふさわしい場所だと、強く感じた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
北野先生と簡単な挨拶をかわした水木先生は、持参してきた花束を小分けにして、児童ひとりひとりに配り・・・良作たちも、鈴木先生の墓前に。
まず、北野先生、水木先生の二人がそろって、線香をあげ、次に、K小学校での先生の最後の教え子であった2年生たちが、ひとりひとり、世話になった、なつかしい恩師のために、線香と祈りをささげた。
最後は、良作の番だ。
彼が墓前に立つと、うしろから声をかけた女子児童がいる。
美絵子の親友だった、田中理沙だった。
「高田さん・・・お願いがあるの。」
「お願い・・・? 何だい?」
「あたしの左手を、握ってほしいの。良作さんの右手で。」
理沙の良作の呼び名が、このとき「高田さん」から「良作さん」へと変わっていた。
すると、美絵子グループのリーダー格の武田真由子が言う。
「良作さん・・・理沙の気持ち、わかってあげて。理沙はね・・・美絵子ちゃんが良作さんと手をつないで毎日帰ってたのを、とってもうらやましく見てたの。あたしからもお願い。ね・・・そうしてあげて。」
「うん、わかった。いいよ。」
良作が理沙の左手を、その右手で、美絵子とそうしていたようにギュッと強く握ってあげると・・・理沙は、どこか遠くを見るような・・・夢見心地のような幸せな表情になり、やがて、我に返ると、その場にしゃがみこんで、わっと泣き崩れた。
「理沙ちゃん・・・どうしたんだい? 僕・・・強く握りすぎちゃったかい?」
良作が心配そうに語りかけると、理沙は、
「ううん。なんでもないの。でも、あたし・・・」と涙をぬぐい・・・
「良作さん、ごめんなさい、変なお願いして。」と言って、良作をじっと見つめた。
「理沙・・・あんた・・・。」
真由子も、心配そうに・・・そうして、理沙の心中を察したように言葉をかける。
「良作さん、理沙の気持ちも分かってあげて。ううん。無理にとは言わないわ。でも、今は・・・今だけは、理沙のそばにいてあげて。ね・・・? いいでしょ?」
良作は、理沙が、美絵子と自分がかつてそうしていたように、ずっと自分と手をつなぎたがっていたことに改めて気づき・・・複雑な思いを抱えていた。
(理沙ちゃん・・・君はそれほど僕の事を・・・)
良作は、つらかった。
校庭での彼女の言葉から、このことは、うすうす気づいてはいたのだ。
それは、もちろん、この上なくうれしいことではあったが・・・同時に、少しでもそんな気持ちになる自分の心情に対し、つらい状況の中、自分を求めて苦しんでいるであろう美絵子に、申し訳ない気持ちで一杯だったからだ。
それでも良作は、まだ涙の乾かぬ理沙と手をつなぎ、いっしょに、先生の墓前へ線香をたむけたのだった。




