表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『たからもの』  作者: サファイアの涙
52/126

第51章

 翌朝、良作は、まぶしい朝日で目覚めた。


 起きがけに周りを見ると、手紙を書いた机は目線の上にあり・・・自分の周囲には、くしゃくしゃになった布団が、無造作に散らかっていた。


 彼は、ゆうべ風呂にも入らず、手紙を書き終えてから、いつの間にか学校帰りに身に着けていた洋服のまま、ずっと眠っていたのだった。


 書き終えるまでに、ゆうに3時間を要し、鈴木先生と美絵子のことを想いながら、さまざまな想い出を噛みしめながら、一心不乱に机に向かっていたので、時のたつのも忘れ・・・自分がつづった一字一句を、いつくしむように、夢見心地でしたためていたのである。


 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆


 そのとき、母が部屋のドアをノックした。


 「お母さん、おはよう!」


 良作が元気良く告げると、母がゆっくりと部屋に入ってきた。


 「おはよう。よく眠れたかい・・・?」


 「うん。ぐっすりとね。とても、すがすがしい朝だね、母さん。」


 「そうだね。残暑も、ようやくおさまってきて、セミの鳴き声だって・・・」


 そのとき、階下から、父が二階に上がってきた。


 「りょう。おはよう。ゆうべは、風呂に入らないで寝ちゃったな。・・・よっぽど疲れてたんだな。気分はどうだ・・・?」


 「ありがとう、父さん。気分はとってもいいよ。」


 「そうか。母さんに聞いたら、学校から帰るなり、夕飯も食べずに部屋の中へ閉じこもって、返事もしなかったそうじゃないか。父さんたち、ずいぶん心配しちゃったんだぞ。」


 「ごめんよ。僕・・・大切な『仕事』があったんだ。」


 「分かってるさ。・・・亡くなった鈴木先生に渡す、大切な手紙なんだろう・・・? 父さんたち、ちゃんと分かってるんだからな。」


 「え・・・? どうして知ってるの?」


 「父さんね、ゆうべは早帰りだったんだよ。それでね、お前が部屋に閉じこもってから・・・そう、一時間ばかりした頃だったかねぇ。中野校長先生から電話があってねぇ・・・『良作君を、明日、一日お借りします』って言ってきたんだよ。」


 「え・・・? 校長先生が??」


 「そう。今日これから、2年生といっしょに、鈴木先生のお墓参りに行くんでしょう・・・? まだ時間は十分あるから、シャワーだけでも、浴びてきな。そんな汗臭いカラダじゃ、先生も嫌がるかもしれないよ。」


 良作が時計を見ると、たしかに、出発時間までは、十分ある。


 「良。お前も、一生懸命、手紙を書いて疲れてるだろう。父さんな、今日は思い切って休みを取っているから、支度が終わったら、学校へ車で送ってやるよ。」


 「え・・・? いいの・・・?」


 「ああ。遠慮すんな。親子じゃないか。いつも、忙しくて、お前をロクにかまってあげられなかったからな・・・たまには、いいだろう?」


 「ありがとう、父さん。じゃ、すぐに、シャワー浴びてくるよ。」


 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆


 良作が浴室から出ると、そこにはバスタオルと、洗濯済みの清潔な下着と洋服が、きちんとたたんで置いてあった。


 (几帳面な母さんらしいや・・・でも、ありがとう。)


 良作は感謝し、部屋に戻ろうとした。


 すると、母が一通の封筒を良作に見せた。


 「実はね・・・昨日、うちに届いた手紙なんだけどね・・・亡くなった鈴木先生からの、お前宛の手紙なんだよ。」


 「なんだって!?」


 「そう・・・びっくりするだろ? でね、ちょっと、消印を見てごらんよ、ほら。」


 消印は・・・1982年9月17日・・・先週の金曜日だ!


 「なあ、良。先生が亡くなったのって、たしか、七夕の日だったよな、7月7日の。」


 「うん。そうだよ。僕が退院した日だし、体育館で先生の訃報を、前の校長先生が言ったのをこの耳で聞いたんだから、間違いないよ。」


 「ねぇ・・・良作。なんか、気味悪くないかい・・・? 誰かのイタズラじゃないだろうね・・・?」


 「そんなことないよ! 誰が僕に、そんなつまらないイタズラなんかするもんか。きっと・・・先生が僕にくれるはずだった手紙が、何かの手違いで、今ごろ届いたのさ。きっと、そうさ。」


 「だといいんだけど・・・。」


 「それに、ほら、見てごらんよ、母さん、この封筒の僕の名前の筆跡を・・・。これはね、間違いなく、鈴木先生の筆跡だよ。」


 「どうして、それが分かるんだい・・・?」


 「先生はね、前に、僕が仲良かった一年生の女の子の名前が、どんな漢字で書くのかって訊いたときに、黒板に大きい字で、その子の名前を書いてくれたことがあったんだ。そのときの先生の筆跡とおんなじなんだよ。」


 「・・・そうなのかい? それじゃ、ますます気味悪いじゃないか。・・・亡くなった先生が、お葬式のあとに、お前に手紙を出したっていうのかい・・・?」


 「もうやめてくれよ、母さん。先生に失礼じゃないか! きっと・・・何かわけがあるのさ。」


 「そうだな。良のいうとおりだよ。おそらく、何か理由があって、今ごろ届いたんだろう。」


 「ごめんよ、良作。母さん、ちょっとデリカシーがなかったよね。まだ先生が亡くなって、そんなにたってないというのに。」


 「いいんだよ、母さん。気にしてないから。じゃ、早めに行くから、父さん、送ってくれる・・・?」


 「ああ。じゃあ、支度しなさい。あんまりのんびりして、遅刻なんかしたら、鈴木先生、怒っちゃうぞ。」


 「うん。分かった。母さん・・・先生の手紙、バスの中で読むから、僕にちょうだい。」


 「そうね。じゃ、母さん、まだ気にはなるけど・・・きっと、良作のこと心配して、何か書いてくれたんだろうね。優しい先生だったもんね・・・。」



 良作は、朝食をってから、先生の手紙と、ゆうべ自分が真心を込めて書いた、先生へのメッセージを胸に、父が運転する車に乗って、一路、K小学校のグラウンドへ向かったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ