第51章
翌朝、良作は、まぶしい朝日で目覚めた。
起きがけに周りを見ると、手紙を書いた机は目線の上にあり・・・自分の周囲には、くしゃくしゃになった布団が、無造作に散らかっていた。
彼は、ゆうべ風呂にも入らず、手紙を書き終えてから、いつの間にか学校帰りに身に着けていた洋服のまま、ずっと眠っていたのだった。
書き終えるまでに、ゆうに3時間を要し、鈴木先生と美絵子のことを想いながら、さまざまな想い出を噛みしめながら、一心不乱に机に向かっていたので、時のたつのも忘れ・・・自分がつづった一字一句を、いつくしむように、夢見心地でしたためていたのである。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
そのとき、母が部屋のドアをノックした。
「お母さん、おはよう!」
良作が元気良く告げると、母がゆっくりと部屋に入ってきた。
「おはよう。よく眠れたかい・・・?」
「うん。ぐっすりとね。とても、すがすがしい朝だね、母さん。」
「そうだね。残暑も、ようやくおさまってきて、セミの鳴き声だって・・・」
そのとき、階下から、父が二階に上がってきた。
「良。おはよう。ゆうべは、風呂に入らないで寝ちゃったな。・・・よっぽど疲れてたんだな。気分はどうだ・・・?」
「ありがとう、父さん。気分はとってもいいよ。」
「そうか。母さんに聞いたら、学校から帰るなり、夕飯も食べずに部屋の中へ閉じこもって、返事もしなかったそうじゃないか。父さんたち、ずいぶん心配しちゃったんだぞ。」
「ごめんよ。僕・・・大切な『仕事』があったんだ。」
「分かってるさ。・・・亡くなった鈴木先生に渡す、大切な手紙なんだろう・・・? 父さんたち、ちゃんと分かってるんだからな。」
「え・・・? どうして知ってるの?」
「父さんね、ゆうべは早帰りだったんだよ。それでね、お前が部屋に閉じこもってから・・・そう、一時間ばかりした頃だったかねぇ。中野校長先生から電話があってねぇ・・・『良作君を、明日、一日お借りします』って言ってきたんだよ。」
「え・・・? 校長先生が??」
「そう。今日これから、2年生といっしょに、鈴木先生のお墓参りに行くんでしょう・・・? まだ時間は十分あるから、シャワーだけでも、浴びてきな。そんな汗臭いカラダじゃ、先生も嫌がるかもしれないよ。」
良作が時計を見ると、たしかに、出発時間までは、十分ある。
「良。お前も、一生懸命、手紙を書いて疲れてるだろう。父さんな、今日は思い切って休みを取っているから、支度が終わったら、学校へ車で送ってやるよ。」
「え・・・? いいの・・・?」
「ああ。遠慮すんな。親子じゃないか。いつも、忙しくて、お前をロクにかまってあげられなかったからな・・・たまには、いいだろう?」
「ありがとう、父さん。じゃ、すぐに、シャワー浴びてくるよ。」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
良作が浴室から出ると、そこにはバスタオルと、洗濯済みの清潔な下着と洋服が、きちんとたたんで置いてあった。
(几帳面な母さんらしいや・・・でも、ありがとう。)
良作は感謝し、部屋に戻ろうとした。
すると、母が一通の封筒を良作に見せた。
「実はね・・・昨日、うちに届いた手紙なんだけどね・・・亡くなった鈴木先生からの、お前宛の手紙なんだよ。」
「なんだって!?」
「そう・・・びっくりするだろ? でね、ちょっと、消印を見てごらんよ、ほら。」
消印は・・・1982年9月17日・・・先週の金曜日だ!
「なあ、良。先生が亡くなったのって、たしか、七夕の日だったよな、7月7日の。」
「うん。そうだよ。僕が退院した日だし、体育館で先生の訃報を、前の校長先生が言ったのをこの耳で聞いたんだから、間違いないよ。」
「ねぇ・・・良作。なんか、気味悪くないかい・・・? 誰かのイタズラじゃないだろうね・・・?」
「そんなことないよ! 誰が僕に、そんなつまらないイタズラなんかするもんか。きっと・・・先生が僕にくれるはずだった手紙が、何かの手違いで、今ごろ届いたのさ。きっと、そうさ。」
「だといいんだけど・・・。」
「それに、ほら、見てごらんよ、母さん、この封筒の僕の名前の筆跡を・・・。これはね、間違いなく、鈴木先生の筆跡だよ。」
「どうして、それが分かるんだい・・・?」
「先生はね、前に、僕が仲良かった一年生の女の子の名前が、どんな漢字で書くのかって訊いたときに、黒板に大きい字で、その子の名前を書いてくれたことがあったんだ。そのときの先生の筆跡とおんなじなんだよ。」
「・・・そうなのかい? それじゃ、ますます気味悪いじゃないか。・・・亡くなった先生が、お葬式のあとに、お前に手紙を出したっていうのかい・・・?」
「もうやめてくれよ、母さん。先生に失礼じゃないか! きっと・・・何かわけがあるのさ。」
「そうだな。良のいうとおりだよ。おそらく、何か理由があって、今ごろ届いたんだろう。」
「ごめんよ、良作。母さん、ちょっとデリカシーがなかったよね。まだ先生が亡くなって、そんなにたってないというのに。」
「いいんだよ、母さん。気にしてないから。じゃ、早めに行くから、父さん、送ってくれる・・・?」
「ああ。じゃあ、支度しなさい。あんまりのんびりして、遅刻なんかしたら、鈴木先生、怒っちゃうぞ。」
「うん。分かった。母さん・・・先生の手紙、バスの中で読むから、僕にちょうだい。」
「そうね。じゃ、母さん、まだ気にはなるけど・・・きっと、良作のこと心配して、何か書いてくれたんだろうね。優しい先生だったもんね・・・。」
良作は、朝食を摂ってから、先生の手紙と、ゆうべ自分が真心を込めて書いた、先生へのメッセージを胸に、父が運転する車に乗って、一路、K小学校のグラウンドへ向かったのだった。




