第36章
七夕の日が近づいていた。
良作にとっては、美絵子との想い出の中でも、まさに「クライマックス」ともいえる幸福な一日・・・同時に、今はまだ良作にとって・・・「つらく、試練の一日」。
その日・・・今の、傷のまだ癒えきっていない「不完全な」自分が、どのような心境で、「その日」を迎えればいいのか・・・
彼にとっては、美絵子との想い出への感傷を味わう一日ではなく、喜びと絶望の落差を再び味わう一日・・・まるで、「想い出」という名の大海原の中で、心地よい「想い出のうねり」を味わうのではなく、遠く迫り来る「不安」という名の高波に備え、身構える自分を意識しなくてはならない、緊張の一日・・・
同時に良作は、傷の癒えた美絵子が、こんな「不完全な」今の自分でも無条件で迎えてくれるのだろうか・・・はたして以前見せてくれた「天使のような笑顔」で罪を許してくれるのだろうか・・・そんな先の見えない「ふたつの不安」を抱えながらも、辛抱強く、あの鈴木先生からの「手紙」を待っていた。
(・・・先生、もう美絵子ちゃんは回復したんでしょうか? もう元気な姿で、僕を待ちわびているんでしょうか・・・? 僕は知りたい! 教えてください・・・先生・・・。)
自分と無邪気に遊び、元気だった頃の美絵子・・・孤独だった自分を純粋に心から愛してくれた美絵子・・・そんな彼女の、あの愛しい姿と、鈴木先生からの彼女の回復を告げる、一度は「魔物」に引き裂かれた良作と美絵子の絆をもう一度つなぐ、大切な一通の手紙・・・
かけめぐる数々の楽しく・・・そして美しい想い出たちが、良作の中の「荒野」を幾度となく横切っては消えてゆく・・・
校門にさしかかった良作は、想い出と不安・・・そして、待ちわびている先生の手紙への「一縷の望み」とが入り混じった緊張に耐えられず、前のめりにゆっくりと倒れこんだ。
(おーい、どうしたぁ!?)
(先生、高田君が倒れてます・・・!)
(高田君、大丈夫か!!)
(待て、触るんじゃない。・・・早く救急車を呼ぶんだ!!)
・・・遠のいていく意識の中、良作は救急車のけたたましいサイレンが近づくのを聞いたような気がした。




