第32章
初夏の爽やかな空気が薄れ、だんだんと「梅雨」の足音が近づいていた。
良作も、トタン葺きの屋根や軒先に放置してあるバケツに当たる雨音で目覚める朝が増えてきた。
・・・まだ夜でもないというのに、もう蛙たちのにぎやかな合唱が、裏の田んぼからたえず聞こえてくる。
良作は、雨の日が好きだった。
以前までは・・・。
しかし今は・・・美絵子がいなくなった今となっては、良作の居場所は、あの「図書室」しかなかった。
新一年生たちが、「わが世の春」を謳歌し、思い思いにたわむれる校庭の空間は、良作の「存在感」を、美絵子の面影とともに、静かに消し去ろうとしていた。
自らの居場所を失いつつあった良作が、最後に求めた「救いの場所」が、雨の日に愛しい美絵子と絵本を読んだ、なつかしい「図書室」だったのだ。
六年生になってからの良作は、新一年生との「つかの間の甘い夢」を見て、わずかな期間ではあったが、かりそめの心の安らぎを得ることができた。
・・・しかし、その新一年生たちからは、本物の「愛」を得ることはできなかった。
まだ完全に心の傷の癒えていない良作が、かつて二人を包んでくれた優しい空間である「図書室」を訪れ、日ごとに急速に色あせていく「美絵子の匂い」を必死に追い求めたというのも、自然ななりゆきだったといえる。
美絵子とともに、校庭に居場所を失いつつある彼にとっては・・・。




