第30章
六年生となった良作には、昼食時に「新しい仕事」ができた。
このK小学校では、六年生が、毎日日替わりの交代制で、新一年生の給食の「配膳」を担当する。
この「仕事」が始まってから、良作は鈴木先生から美絵子の転校のことを聞かされた、あの日以来、初めてこのなつかしい教室に入った。
給食の配膳を待つ新一年生と間近で接した良作は、この新しい後輩たちからは、美絵子のような「匂い」を感じ取ることはできなかったものの、あの「なつかしい」感覚を少しずつ取り戻していった。
同じく「配膳」を担当する、良作のクラスメートが、無表情で淡々と「ノルマ」をこなす一方、良作はマスク越しにひとりひとりに声かけをする。
「おっと、おかずこぼさないように気をつけてね。」
「シチュー、もう少しよそろうか・・・?」
と、こんな具合に。
たちまち良作は、新一年生たちの人気者となった。
男子も女子も、良作を「給食のおにいちゃん」と呼んで、かわいく慕ってきた。
良作自身も、これまで美絵子以外に誰一人自分に関心を持つ児童がいなかっただけに、この「うれしい変化」に驚いた。
・・・やがて良作は、そんな彼らと休み時間の行動を共にするようになる。
男子も女子も、何人も入り混じって、あるいは良作と鬼ごっこを、あるいはかくれんぼをして遊び、良作自身もそんな彼らをかわいい「弟分」あるいは「妹分」として、楽しい時間を過ごした。
しかし良作は、美絵子への「愛情」と同じレベルの感情を、彼らに対して抱くまでには至らなかった。
やがて良作と遊ぶのに飽きた彼らは、その集団からひとり減り、ふたり減り、最後に残った一番可愛い女の子も、次第に良作の元から離れていった。
・・・誰ひとり、最後まで良作についてくる子はいなかった。
放課後になると良作は、校庭に新一年生が誰一人残っていないことに気づく。
毎日彼を待ってくれていた美絵子のように、ずっと校庭で彼の下校を心待ちにしてくれる子は、誰ひとりいなかったのである。
彼女の「代わり」になってくれる子は、ただのひとりもいなかった。
そして良作は、なつかしい美絵子のことを・・・いっしょに手をつないで仲良く帰ったあの愛しい美絵子のことを、今さらのように思い出す。
「美絵子ちゃん、どうしてるかなぁ・・・もう元気になったかなぁ・・・。」
良作が、誰一人いない、空虚な校庭でつぶやく。
「美絵子ちゃん、元気か・・・? 俺は・・・俺はさびしいよ。」
・・・校庭の乾いた砂に、いくつもの涙のしずくが、ぽたぽたと落ちた。




