第27章
卒業式当日。
会場となる体育館は、児童や教師のみならず、たくさんの保護者・式の関係者でごったがえしていた。
前日のざわめきとはまた違う、異様にふくれあがった「群衆の雑音」に、良作はいたたまれないような苦痛を覚えていた。
さらに、普段、嗅ぎつけない「他人のにおい」・・・保護者が肌につけた香水の、人工的な「臭い」やら、頭がクラクラするような頭髪のポマードの「臭い」、ひさびさに洋服ダンスから引き出したであろうスーツから放たれる「防虫剤」の、ツンと鼻につくような不快きわまりない「臭い」が、ただでさえ群集で息苦しい館内を、いっそう良作にとって耐えがたい環境に変貌させていた。
いつの間にか良作は、あのなつかしい「美絵子の匂い」を求めて、閉塞感で満ち満ちた館内をさまよい歩いていた。
「美絵子ちゃんが・・・いない。どこにもいない。」
そして良作の目は、自分たちの席にお行儀よくおさまった一年生たちのエリアへ。
・・・ここにも、美絵子の「匂い」はない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
良作が、割り当てられた左端の席についたとき、突如、心臓の鼓動が激しくなった。
呼吸もだんだん荒くなり、手足も小刻みに震えだした。
良作の目が、「あの時」のようにうつろな光を放ち、そして、どろんと濁りはじめる。
「だめだ・・・頭がぼーっとしてきた・・・」
良作は、あのとき自分の肩に舞い降りた憎むべき「魔物」が、ふたたび姿を現わし始める兆候を感じ取った。
そして、次第に増していく苦痛に顔をゆがめる良作。
あらがうすべもなく「魔物」の虜にされかけた、ちょうどそのとき・・・良作の左肩に、優しく誰かの右手がそっと置かれた。
朦朧とする意識の中、振り返った良作の視線の先には、おだやかに微笑む鈴木先生の姿があった。
(・・・良作君、大丈夫よ。先生もいっしょに闘ってあげるから。)
良作の消耗しきった心には、先生の優しく、そして力強いメッセージが、たしかに届いていた。
そして先生が自分の席につく頃には、いまわしい「あの状態」も、この会場に入る前のような、おだやかな状態に戻っていた。
・・・「魔物」は去ったのだ。
良作は昨日も・・・そしてまた今日も、先生の氷をも溶かすようなあたたかい、そして慈悲深い心に救われたのである。




