表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『たからもの』  作者: サファイアの涙
13/126

第12章

 峯岸美絵子には、そのかわいらしさとは別に、もうひとつ魅力的な側面があった。


 それが、彼女の『におい』である。


 良作が初めて彼女に近づいたあの日・・・彼自身、その時点では意識していなかったけれど、鼻の奥をくすぐるような『いい匂い』をたしかに感じ取っていた。


 着ている洋服のにおいではない。


 それはもちろん、彼女自身の『体臭たいしゅう』なのだった。


 なんともいえない、甘い香り・・・それを嗅ぐと瞬間、意識が遠くなるような不思議な、それでいて香水のような人工的なものを感じさせない自然な芳香ほうこう


 もしかしたら、彼女の放つ『フェロモン』だったのかもしれない。


 しかもその香りは、校庭で遊んでいるときと、図書室で並んで絵本を読んでいるときとでは、まるで違ってもいた。


 追いかけっこをしているときの彼女は、まるでサクランボのような甘酸あまずっぱい感じの香り。そして、図書室にいるときの彼女は、すみれ・・・バイオレットのような、どこか妖艶ようえんな香りに包まれていたのである。


 もちろん、小学一年生の美絵子が、母親の香水を肌につけてきたわけではない。生まれ持った彼女の魅力的な体臭のなせるわざであった。


 良作は、彼女と親しくなってしばらくたってから、そのことに気づいた。


 そして、いっしょに下校するようになってからは、下校時の彼女の『匂い』も、先のふたつと違っていることに気づく。


 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆


 一年生の美絵子と五年生の良作とでは、授業のボリュームも違うので、当然下校時間も違う。


 しかし美絵子は、下校の時間になってもすぐには帰宅せず、しばらく校庭で他の女子児童と遊んで、良作が校舎から出てくるのを待っていた。


 そして、しばし休み時間帯のような追いかけっこやかくれんぼをしたあと、二人で校庭の西側にあるブランコに並んで座るのである。


 「あー、疲れた。」


 良作が言うと、美絵子も同じ言葉を繰り返す。


 そのあとは、しばし無言でブランコの揺れに身をまかす。


 美絵子の『香り』が、まるでフレグランスのように、心地よく良作の鼻をくすぐる。


 夕日に照らされた二人が並んでブランコに揺られている様は、はためには「兄と妹」のように映ったかもしれない。


 しかし良作は、美絵子を「妹分いもうとぶん」などと思ったことは一度もなかった。


 彼は彼女を、はっきりと「恋人」として認識していたのである。


 そして幼い美絵子も、自分ではこのときはまだ完全には理解できていなかったが、「兄貴分あにきぶん」としてではなく、れっきとした「彼氏かれし」として良作を認識していた。


 美絵子の笑顔、そのかわいいしぐさ、そして小学生にしては魅力的すぎる、その『匂い』・・・良作にとって、もはや彼女のことを考えない日は一日もなくなっていた。そして彼女も。


 「そういえば彼女、声もかわいいんだよな・・・!」


 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆


 ブランコでのひとときが終わると、そろって下校する・・・それが二人の習慣になった。


 小学校から美絵子の家までは、約500メートルほどだが、その間、最初のうちは軽い「鬼ごっこ」のようなふざけあいをしていたが、やがて並んで歩くようになった。


 しまいには、どちらからというわけでもなく、いつの間にか二人は手をつないで仲良く帰るまでに。


 そして、良作が「松本聖子」のヒット曲を歌い始めると、彼女も歌う。


 歌詞が分からなくなったら、良作はハミングでごまかした。


 すると、その部分の歌詞を美絵子がおぎなって歌うのだ。


 気分が高揚こうようした日などは、良作が彼女の小さな両肩を左側から右腕で抱くことさえあった。


 そんな幸せな状況でも、良作は必ず美絵子の左側・・・つまり車道側に立ち、彼女を事故から守ってあげていた。


 こうして良作は、峯岸美絵子という初めて出来た『恋人』の数々の魅力に、ますますどっぷりとハマっていくのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ