第124章
「良作君・・・」
美絵子の手紙は、時子のような「前略」や、功氏のような「拝啓」という文言ではなく、いきなり、彼女にとっての最愛の人への呼びかけから始まっていた。
そして、青い万年筆で書かれた、その文字には、すでに「チカラ」は無く・・・彼女の体力が、もう、かなりの程度、おとろえてしまっていることを感じさせた。
「良作君・・・お元気ですか?
私はいま、病院にいます。
もう、入院してしばらくたつけれど・・・日に日に体力がおとろえて、からだもやせ細ってしまいました。
・・・じつはね、良作君。
わたしね、白血病になってしまって・・・当分、療養生活なの。
いまね、『無菌室』で、抗がん剤治療と、リハビリの毎日よ。
あ・・・ごめんね、暗い話になってしまって・・・。
今日はね、ここまでにするわ。
最近、また急にからだがだるくなって・・・ごめんなさい。」
(・・・美絵子ちゃん、すまない。こんなに、しんどい状態なのに、僕なんかのために・・・。美絵子ちゃん、無理しないで。僕なら、大丈夫だから・・・。)
ここまで読んだ良作は、美絵子の体力が、日に日に落ち、筆を執るのがやっとの、つらい状態なのに、無理して書いてくれているのが、手に取るように理解できた。
そしてまた彼は、かつて美絵子が、K小学校時代の七夕の日に、自分に宛てて、まだおぼつかない「ひらがな」で書いてくれた「愛のメッセージ」と、別れ別れになってしまった、つらいあの日・・・いずれおとずれる良作のために、引き戸に貼って残してくれた、あの悲しいメッセージ・・・それらの、なつかしくも切ない、ふたつの愛しいメッセージをも、連想していた。
「大人の筆跡」にはなっていても・・・これは、間違いなく、美絵子本人の筆跡・・・「彼女が生きたあかし」でもあった。




