第116章
二台の乗用車は、役所を出ると、良作の住むY市とはまったく異なる、都会の雰囲気がただよう街を抜け・・・やがて、K駅近くの、近代的な高層マンションの駐車場に停まった。
二台は、並んで駐車し・・・良作は、女性職員に案内されるまま、彼女の住む、5階の一室に通された。
ドアを開けたとたん彼は、なんともいえない芳香のする玄関の空気に衝撃を受け・・・これまた、別の芳香のするリビングに彼女につづいて入室し、ソファーに座って待つよう、うながされた。
(この香りは、いったい何だろう・・・? 美絵子ちゃんの『匂い』とも違うし、理沙ちゃんのとも違う・・・。なにか、別の花のような・・・不思議ないい香りだな・・・)
やがて、女性職員は、コーヒーとショートケーキをお盆にのせて、リビングに戻ってきた。
「・・・良作さん、ごめんなさいね。初対面だというのに、いきなり私の自宅へ連れてきたりして。」
「いえ。それより・・・お名前を教えてくれませんでしょうか・・・? あなたの。」
「あ・・・もっと、ごめんなさいね! 私ったら、一番最初に言うべきことを忘れちゃってたみたいね。ほほほほ。まったく困ったもんだわ。私ってねぇ、そそっかしいっていうのか、肝心なところが、いつも抜けちゃうのよ。・・・良作さん、私ね、『たきたりょうこ』っていいます。よろしくね。」
「あのぅ・・・『たきた』って、普通の『滝田』でいいんですか・・・?」
「ええ、そうよ。」
「で・・・『りょうこ』の『りょう』は?」
「うん。実はねぇ、良作さんと同じ、『良』なのよ。奇遇ねぇ・・・。私、あなたのこと、なんだか、他人のような気がしないわ。」
「はぁ・・・。」
良作は、いまだに「キツネにつままれた心境」のまま、女性に、今回、彼女にまず訊きたい核心部分の質問を投げかけてみた。
「良子さん。あなたはなぜ、僕の住まいの市町村、年齢や誕生日まで、ご存じなんですか? まだ、あの若い職員の方に告げてもいなかったのに。」
「そぉねえ・・・。どこから話したら、いいかしらね。良作さん、峯岸イサオさんをご存じかしら・・・?」
「ええっ!? 美絵子ちゃんのお父さんのこと、どうして知ってるんですか・・・?」
良作が美絵子の名前を出すと・・・良子は、ふと眉をひそめて、今までの明るい表情が一変し、場の空気が完全に「陰」に傾いてしまったのを、良作は強く感じたのだった。




