第111章
どうしても「美絵子の死」という悲しい現実を受け入れられず、頭では冷静に受け入れていても、彼の心が受け入れを許さぬ・・・そんな揺れ動く心境の中。
良作は、その日から、さらに一週間ものあいだ、昼も夜も、学業のさなかにも考えに考え抜いた。
そして彼は、美絵子の母、時子が心を込めてしたため、送ってくれた手紙に感謝し、手紙の終わりにかけての、自分を、亡くなったイサオ氏同様、「義理の息子」として認め、家族として迎え入れてくれるまでに大切に想ってくれている旨のメッセージに涙しつつ・・・そんな彼女に対し、申し訳ない気持ちをいだきながら、「美絵子の痕跡」を探す旅に出ることを、あらためて決意したのだった。
良作は、美絵子と再会したあの日、美絵子本人の目の前で自分をののしり、罵倒し、胸ぐらや髪を乱暴につかんで美絵子への土下座の謝罪まで強要した時子に、心の奥底で、ひそかに「うらみ」「憎しみ」の悪感情を宿していたのかもしれなかった。
しかし、今の良作の心は・・・時子に対する自分の思いは、まるで正反対のものになっていた。
もし、時子が、いまだに良作をうらみ、それこそ「蛇蝎」のように憎んでいたなら、わざわざ「美絵子の死」を知らせ、彼女の「遺書」まで同封してくれるだろうか・・・?
そして、その「遺書」とともに同封してくれたという、あの日の写真・・・良作が最後に美絵子と会った、あの日の、成長した愛らしい美絵子の姿を写した、大切な写真を、自分に渡すものだろうか、と。
・・・もう、考えるまでもない。
そして、うたがうまでもない。
これは、たとえ、当事者の良作でなくとも、彼らの事情を知った、心ある人ならば、時子の手紙の内容が「真実」であるということを理解してくれるだろう。
良作も、そんなことは、百も千も、万も承知だ。
彼が、美絵子に関する「真実」を書いた貴重な、そして、愛情溢れるメッセージを受け取っておきながら、なおも、意固地なほどにこだわり、しつこく「事の真相」を確かめようとする、その真意・・・それは、いったい何だろうか・・・?
言うまでもなくそれは・・・「完全に自分を納得させるため」に他ならなかった。
「美絵子の死」を受け入れ、そして、また、前を向いて歩き出すためには・・・そのための「起爆剤」、あるいは、「カンフル剤」のような、決定的な「証拠」「あかし」が必要なのだった。
彼は、美絵子の父、イサオ氏のメモに書かれた住所から、現地に行き着くために、まず、美絵子の最後の住まいの埼玉県K市の「住宅地図」を購入した。
令和の今のような、「インターネット」「スマホ」「ナビ」もなかった時代においては、見知らぬ目的地にたどりつくためには、ひと苦労もふた苦労もあったのだ。
良作が、自家用車でK市に向かう決心をしたのは、美絵子が生前に過ごした町の様子、ひとびとのいとなみ、住んでいた周辺の環境・・・こういったものまで、自分の中に息づく美絵子といっしょに、ふたりで「追体験」し、じっくりと味わってみたかったからなのかもしれない。
美絵子がどのように暮らし、泣き、笑い・・・どのような環境で自分をひたすら待っていたのか・・・それを確かめたくなったのだ。
タクシーでは、運転手が居る。
良作は、自分の中に生きている美絵子とふたりっきりで、想い出と感傷にひたりながら、時間をかけて、美絵子の痕跡を求めつつ、そうして最終的には、自分を完全に納得させるつもりであった。
・・・そして、その、ふたりの想い出をたどる、いわば「美絵子とのつながりを求める旅」のゆきさきには・・・そんな良作を待つ、新たな「喜び」と「感動」が待っていたのだ。




