第110章
明るい太陽の光に満ちた部屋で、冷静さを取り戻した良作は、美絵子の母がしたためてくれた、自分宛の手紙について、考えをめぐらしていた。
(・・・時子さんの手紙に、ウソはない。きっと、本当に美絵子ちゃんとイサオさんは死んでしまったんだ。お父さんのイサオさんから何も連絡が無かったことも、それを裏づける証拠じゃないか。イサオさんがもしご存命なら、2年以上も、なしのつぶてで自分に連絡をよこさないということなど、ありえないからだ。イサオさん・・・あなたは、本当にお亡くなりになられたんですね・・・。)
それでも良作は、納得がいかなかった。
美絵子が死の病におかされ、以前の美しい姿でなくなってしまったという理由で、自分を想いながらも、会うことも、連絡することも控えて、最期のときを迎えた、というのは理解できる。
手紙がうったえる、美絵子の、自分を想う、悲しいほどまっすぐでいじらしい愛の心を感じつつも・・・彼は、素直に、「美絵子の死」というものを、受け入れることができなかったのである。
これは、良作のみならず、彼と同じ立場だったなら、誰しもがいだく、当たり前の感情ではないだろうか。
一度引き裂かれながらも、やっとのことでまた会えた良作と美絵子。
今度こそ、ようやく、ゆるぎない愛を誓い合ったばかりだったのだ。
真心のこもった、良作を気遣う、これ以上ないほど優しさと愛に満ちた時子からのメッセージだったが・・・それさえも、良作にとっては、一通の手紙にすぎなかった。
これからやっと、本当の意味で二人の愛をはぐくみ、やがては幸せな家庭をも築く「スタートライン」に立ったというのに、美絵子の死に顔も見ないまま、そのまま「はい、そうですか」と、すんなり納得しろ、と言われても、とうていできるものではないだろう。
とはいえ、もうひとつの封筒・・・その中におさめられているであろう、良作へ宛てた、美絵子の「遺書」。
良作は、実質上、自分に向けての「遺書」となっているであろう、その手紙を、いまだ読む気にはなれなかったのである。
それは、間違いなく、彼女からの最後のメッセージに違いない。
しかし良作は、なにか決定的な「裏づけ」がほしかった。
美絵子からの手紙を読むにしても、まずは、その「裏づけ」・・・すなわち、「客観的証拠」というものがほしかったのだ。
それを探す、唯一の手がかりは・・・美絵子の父、イサオ氏がくれた、美絵子の生前の住まい・・・イサオ氏の社宅の住所が書かれた、一枚のメモだった。