第１０８章
良作が、母から受け取った手紙は・・・かなり大きなサイズの封筒に入れられていた。
（美絵子ちゃんのお母さんからの手紙か・・・。時子さん、直接、僕にいったい何の用件だろう・・・。）
いぶかしんだ良作だったが、ともかく、この手紙が、重要な「なにか」を彼に告げる大切な用件を有していることは、明らかだった。
良作が、丁寧に、ハサミを封筒の上部に入れる。
すると、中から、さらに、表の封筒よりも、ワンサイズ小さい、便箋サイズの封筒二つが現れた。
ひとつは、良作宛の『峯岸時子』の送り名が入った茶封筒。
もうひとつは、まったく無記名の、ただの茶封筒だった。
良作は、まず、美絵子の母、時子の手紙から読んでみた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「 前略 高田良作様。
良作さん、突然、ぶしつけな手紙を、このような形で送りつけたことを、まずは、お詫び申し上げます。
冒頭、あなたに悲しい知らせを、ご報告しなくてはならないことを、とても心苦しく、残念に思います。
わたくしどもの最愛の娘、美絵子が他界しました。
・・・もう、一年以上前のことです。
そして、夫のイサオも、わたくしどもがＫ市に帰ってからまもなく、交通事故に巻き込まれて亡くなりました。
通勤する夫の車に、反対車線を走行していたダンプカーが、センターラインを大きくはみ出してきて正面衝突し・・・病院に搬送されましたが、治療の甲斐もなく、息を引き取りました。
そして美絵子も、夫の葬儀からまもなくたったころ、学校で倒れ、急性骨髄性白血病と診断され、闘病生活の末、わずか二ヶ月足らずで亡くなりました。
良作さん、今回、私がこの手紙をあなたに送ったのは、美絵子から、あなたへの最後のメッセージを伝えるためです。
美絵子は、無菌室で懸命のリハビリをし、苦しい抗がん剤の治療で毛髪も、体中の毛が抜けても、体力が急速に衰えて寝たきりになっても、ときおり意識不明に陥っても、命ある限り、あなたへの最後の手紙を書き続けました。
美絵子は・・・みるみるやせ細り、もう、あなたの知る美絵子ではなくなってゆきました。
私は、すぐに良作さんに連絡するから、会いに来てもらいなさい、と言いました。
でも、彼女は拒否しました。
『こんなみにくい姿になった私を、良作君にみられたくないの。お母さん、わたしをそっとしておいて。そして、良作君に、最後のメッセージを書かせて・・・。お願い。』
あの子はそう言って、あなたへの手紙を書き始めました。
それが、同封した、もうひとつの封筒の中の手紙です。
その中に、美絵子が愛するあなたに遺した、最後の言葉の数々と、あの日・・・良作さんが美絵子に会いに来てくださった、あの日に、あなたがお見えになる直前に夫が庭で撮影した、美絵子の最後の元気な姿を写した写真も同封しました。
良作さん、あの日、あなたにつらくあたってしまって、本当にごめんなさいね。
私・・・ずっとあなたが、美絵子が不登校になってしまった直接の原因だと、意固地なくらい、思い込んでしまったんです。
夫のイサオから、何度も、それは良作君のせいじゃないと諭されましたが・・・石頭の私は、聞く耳を持ちませんでした。
夫は、美絵子から話として聞いただけでまだ実際に会ってもいない良作さんを、心底、好きだったようです。
ことあるごとに、『良作君なら、美絵子の旦那にふさわしい男だよ、きっと。私には分かるんだ。だって、美絵子が私に良作君との想い出を語るときには、いつもうれしそうに、瞳がキラキラと輝いているじゃないか。』と言って。
それは、私も感じていました。
でも、なぜか私の肩には、いじわるな『魔物』が棲みついているようで、それが良作さんへの好印象をいだかせないようにして、邪魔していた・・・ばかばかしいとお思いになるでしょうけど、事実、そんな心境だったんですよ。
やがてあの子は、だんだんとやせ細り、幽鬼のように変貌して、元の美しい面影がなくなってしまいました。
それでも、美絵子は懸命に、あなたへのメッセージを書き続けました。
そんな彼女の、あなたを想う、本物の愛の心に打たれ・・・私の中の『魔物』は消滅し・・・あなたを・・・美絵子が息を引き取る前に、なにがなんでも会わせてあげたくなったんです。
でも、最終的に、私が折れました。
残る、わずかな日々・・・彼女は、良作さんとの想い出に、ときおり涙し、ときおり、恍惚として、うっとりした表情で筆を止め・・・ふたたび、あなたへのメッセージを書き始めました。
私は、そんな美絵子があなたへ遺した、最後のメッセージを読み、美絵子の、まっすぐで純粋な、あなたへの愛の大きさというものを知りました。
実は私・・・美絵子が亡くなってから、ずっと、その手紙を読むことができなかったんです・・・つらくて。
ずっと、引き出しにしまったまま、なかなか目を通す気力が湧かなかった・・・。
そうしているうちに、気づいたら、一年以上がたっていました。
私はいま、アメリカの大地にいます。
遺された家族は、私と、美絵子の姉、かおりだけです。
私は、彼女とふたりで、アメリカで暮らす決心をしました。
だって、日本には、つらくて悲しい想い出ばかりだから・・・。
私は、アメリカに発つ直前に、この手紙を投函しました。
この手紙が良作さんの手元に届く頃には、もう私は、日本にはいません。
・・・そして、美絵子も。
美絵子のお骨は、私どもの手元に置き、いつまでも、いっしょに暮らしてゆく所存です。
だから、あなたには・・・良作さん、あなたには、せめて、あなたが最後に会った日の、まだ元気だった頃の、あなたが愛した美絵子を、『写真』という形だけれども、遺してさしあげたかった・・・。
良作さん、美絵子を、ずっと想い、愛してくれて、ありがとう。
美絵子もきっと、自分の遺した手紙を良作さんが読んでくださることを、強く望んでいるはずだわ。
そしていつか・・・きっといつの日にか、天国でまたあなたに会える日が来ることを・・・。
良作さん、どうか、美絵子を忘れないでね。
そして・・・ときどき、あの子のことを、思い出してあげてね。
それが美絵子の母・・・そして、良作さん、あなたの『義理の母』としての・・・あなたの家族としての、私の最後の願いです。
さようなら、良作さん。
いつまでも、お元気で。
草々 」
