第104章
実習棟に移動した良作は、自分がふだん使っている、実習室のひとつに里香を案内した。
その部屋は、学生が実習の記録などを書くときに使用する、学生専用の仮の「学習部屋」のようなものだった。
散らかった部屋の中で、ふたりは、丸椅子にすわり・・・さきほどの「丸焼き」の話から、良作が口火を切った。
「・・・それにしても、里香ちゃん。さっきの子豚のアレ・・・うまそうだったよね! 一般客にも振舞われるはずだから、このあと、食べに行こうよ。」
「ううん。ごめんね、良作君。あたし、丸焼きには、興味ないの。・・・食べたいとも思わないわ。」
「里香ちゃん・・・僕、なにか怒らせるようなことした? すごく不機嫌じゃんか、今日はさ・・・。」
「良作君・・・あたしのこと、どう思ってるの?」
「どうって・・・なにがさ?」
「良作君、ほんとに変わったわよねぇ・・・あの頃の、あたしを愛してくれた、優しい良作君は、どこに行っちゃったの? あたしね、あれからずっと、良作君から連絡来るのを待ってたのよ。なのに、良作君は・・・何も連絡してくれなかったじゃないの。いつも、あたしから電話しても、居留守使ってさぁ・・・。」
「・・・里香ちゃん、ごめんよ。僕も、いろいろあった時期だったからさ。ほら、学業だって、ボロボロにダメになってたでしょ・・・? だからさぁ・・・。」
「良作君、そんな悩みなら、いつも、あたしが聞いてあげてたじゃない。どうして、あたしにもっと相談してくれなかったのよ・・・あたし、良作君の彼女でしょ? 違うの?」
良作は、悩んでいた。
里香は、その後の良作を取り巻く状況が、また大きく変化してしまったことを知らない・・・。
あの理沙と同じように、こうして、自分を想ってくれている里香に、理沙と同じようなつらく、さびしい思いをさせてしまっていいものか、と。
だが、彼は決断した。
理沙のケースと同じように、宙ぶらりんで中途半端な態度は、もう許されないし、自分と美絵子の関係修復の情報を、正式に里香に報告する義務が、自分にはあるのだ、ということを。
ぐずぐずして優柔不断な、あいまいな態度を取り続けることは、この里香に対しても失礼だし、なによりも、「人として」、「男として」、きっちり、けじめをつけなくてはならないのだ、とも。
良作は・・・長い長い思案の末、ようやく里香に、事の真相を話す決断を下したのである。




