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『たからもの』  作者: サファイアの涙
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第101章

 北海道農業実習も、この日が最終日。


 長かった二週間もの苦しく・・・しかし、楽しい農作業手伝いも、昨日で終わりだ。


 今日は、良作たち実習生が、故郷につ、別れの日なのだ。


 その間、良作は、雄大な北の大地の自然を全身で感じながら、農業にたずさわる、上士幌町の人々の仕事に対する真剣なまなざしと、自らの職業に対する愛情と誇り、そして良作たち、他地域からの訪問者を優しく、素直に受け入れる、その懐の深さをまざまざと見せつけられ・・・圧倒された。


 こうして、大金をはたいても決して買うことのできない、貴重な体験と思い出の数々を手に入れた彼は・・・あたたかい人々から、なごりおしい別れの言葉をかけられ、ここに来る前よりも、さらに成長し、人間的にも大きくなった自覚と自信をも手に入れ・・・理沙との最後の別れに臨んだ。


 良作は、理沙に再会した、その日から、もう二度と彼女に会わない決心を固めていた。


 二度とこの土を踏まない決心も・・・。


 ・・・彼には、自分を待つ人がいる。


 いま、このときも、自分を待ち、ずっと、また会える日を待ち続ける、いとしい、大切な人が・・・。


 理沙は、自分がいなくなったあと、父の健一氏から、自分の美絵子への想いをあらためて聞かされ、新たな人生を歩き出すことになるだろう。


 ・・・それは良作も同じだ。


 いつまでも理沙の優しさに甘え、彼女を宙ぶらりんの、中途半端な、つらい立場に置いておくことは、もうできないのだ。


 それはふたりにとって、とてもつらく、しんどく、そして、さびしいことだけれども・・・どこかで決断し、お互いが、別々の道をあゆんでいかなければならないのだ。


 そして・・・今日、この日、このときが、その悲しく、しかし、どこか晴れ晴れとしてすがすがしい、二人の別れにふさわしい朝だった。


 理沙は、学校への通学路を自転車を押して歩き・・・良作がその横を並んで歩き、どこまでも果てしなく続くような、まっすぐに伸びた美しい農道を、しばし無言でゆく。


 おたがい・・・これが最後の別れのときになってしまうということは、痛いほどわかっていた。


 そしておそらく、もう二度と会えないということも・・・。


 重苦しい沈黙をやぶったのは、理沙だった。


 「・・・良ちゃん、いままで、本当にありがとう。あたし・・・良ちゃんにまた会えて、とっても楽しかったわ。そして、とっても幸せだった。まるで、あの頃の自分に戻ったようで・・・。」


 「理沙ちゃん・・・それは、僕だって同じだよ。僕も、まるで、小学校時代に戻って、理沙ちゃんと、あのなつかしい、時の旅に出ているような気持ちだった。そして、理沙ちゃん、君は、そんな僕を、あたたかく、そして、純粋な優しい気持ちで、迎え入れてくれたよね・・・本当にありがとう。」


 ・・・また、しばし、無言の静かなときが流れる。


 「・・・ねえ、良ちゃん。ひとつだけいてもいい・・・? とっても大切な質問なの。あたしにとって、それは、とてもつらい質問だわ。でも、あたし、どうしても知りたいの。教えてくれる・・・?」


 良作は、ついに、来るべきときが来たか・・・そう覚悟した。


 「・・・いいよ、理沙ちゃん。それは・・・もしかして・・・」


 「良ちゃん・・・美絵子ちゃんに会えたのね。ひさしぶりに、ふたりでまた・・・。」


 「・・・・・・。」


 「よかったね、良ちゃん。あたし、わかってたよ。だって、良ちゃん、ずっと美絵子ちゃんの『匂い』がするんだもん。」


 「理沙ちゃん・・・。」


 「とってもなつかしい匂いだった・・・。あたしね、小学校の校庭で、初めて美絵子ちゃんと会った、あの日のことを思い出したわ。美絵子ちゃんね、とっても明るい笑顔で、あたしと仲良く話してくれたの。そして、ずっと幼稚園の頃に、暗くて孤独で、誰も友達がいなかったあたしの、生まれてはじめての友達になってくれたわ。あたしね、良ちゃん。いまの良ちゃん同様、美絵子ちゃんを愛していたのかもしれない。もしかしたら、良ちゃん以上にね・・・。」


 「・・・・・・。」


 「でもね、そんな美絵子ちゃんも、あたしじゃなくて、良ちゃんを選んだ。美絵子ちゃんにとって・・・良ちゃんは、運命の人だったのよね。」


 「理沙ちゃん・・・。」


 「あたしね、とってもくやしかった。良ちゃんに美絵子ちゃんを取られちゃったし、美絵子ちゃんが良ちゃんと仲良く遊んで、手をつなぎながら、歩いて帰るのが、うらやましくって・・・。でも、あたしには、なんにもできなかった。あたしね、いつのまにか、そんな良ちゃんを好きになっていたわ。二人の仲良く遊ぶ姿を見ているうちにね、良ちゃんの美絵子ちゃんを想う心が、あたしの胸にまで伝わってきて・・・ああ・・・今でも思い出すわ。良ちゃんと初めて目が合ったときの、あたしを見る、良ちゃんの優しいまなざしを。その瞬間、あたし、恋に落ちたわ。生まれて初めて、人を好きになったの・・・だから・・・だから、つらかった。だって・・・良ちゃん、あたしじゃなくって、美絵子ちゃんのほうを向いてたんだもんね・・・。」


 「・・・・・・。」


 「あたしね・・・美絵子ちゃんがいなくなって、やっと良ちゃんをあたしが独占できるって、そう思ってた。でも良ちゃんは、そんなあたしをかわいがってくれてたけど・・・いつも良ちゃんの心には、美絵子ちゃんがいたのよね。あたしね、それが、とってもさびしかったの。良ちゃんといっしょに遊んでいるのに、泣きそうになったこともあったわ。切なくて、つらくて・・・。」


 「・・・理沙ちゃん。」


 「でもね、良ちゃん。あたしね・・・それでも、幸せだった。良ちゃんといるとね、とっても安心して、ほっとできたの。」


 「・・・・・・。」


 「・・・良ちゃん、本当にありがとう。この実習の期間中も、昔と変わらず、あたしを大切に、やさしくかわいがってくれて・・・ありがとう。」


 「理沙ちゃん・・・。」


 「ね~え、良ちゃん。最後に、あたしの願い事、きいてくれる・・・?」


 「・・・なんだい、理沙ちゃん。なんでも言ってみて。」


 「あたしとぉ・・・またキスして。とびっきりの『ディープ・キッス』して・・・。ねっ?」


 「もお、理沙ちゃんたらあ。最後までエッチなんだからあ。いいよ、おいで、理沙ちゃん。」


 理沙は自転車を横に置いて・・・ふたりは、これまでにしたことのないような、長く、そして、熱いキスをかわした。


 これが、二人にとって、最後の抱擁ほうよう・・・そして、最後のキス。


 そんな悲しい別れを、いつまでもおしむように、ふたりは、また抱き合う。


 ・・・強く、力強く。


 そして二人の目には、いつしか熱い涙が・・・。


 「じゃあね、良ちゃん! あたし、そろそろ行くね、バイバイ! 元気でいてね・・・そして美絵子ちゃんを・・・美絵子ちゃんを大事にしてあげてね!」


 理沙は、涙をぬぐうと、元気よく良作につげ、自転車に乗った。


 「ああ、バイバイ! 理沙ちゃん・・・元気でいてね! そして・・・幸せになるんだよ!!」 


 理沙は、そんな良作の最後の言葉を背中で感じながら、振り返ることなく、自転車で通学路をゆく。


 ときおり、あふれ出る涙を片手でぬぐいながら・・・。


 理沙の姿は、だんだんと小さくなり・・・しまいには小さな点になり・・・やがて、見えなくなった。


 (理沙ちゃん、さようなら。本当にありがとう。・・・君のことは忘れないよ。いつまでも、ずっといつまでも・・・。)

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