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黒金のコントラスト  作者: むみょう・あーす
【第一部:旅立ちの序曲】第一章:邂逅篇
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金髪碧眼の准将

 大日本帝国帝都・東京。そこに黒ノ宮大蛇の宰相府がおかれている。とはいえ帝都内には多数の政府関連施設があり、宮殿の様な建築は叶わなかったと建設担当者は語っていた。あえてそうする必要はないと大蛇は言い切り、比較的質素な建物のまま完成とされた。

 宰相府入りした大蛇はまず自室である執務室へと入室し、紙やデータでの書類を確認した後整理する。

 そしていよいよその時はきた。

 ドアをノックする音と共にまず宰相府に勤める士官の声がした。

「宰相閣下、ウィンドセアリス英国軍准将閣下がお越しになられました!」

「ああ、わかった。――通せ」

 高さ三メートルの両開きの扉が開くと、この質素な部屋には不釣り合いの美しい女性が腰まで伸ばした金色の頭髪を揺らしながら大蛇に近づいてくる。

「この度黒ノ宮宰相閣下の副官を拝命いたしました、オリヴィア・ミラ・ウィンドセアリス准将であります。以後よろしくお願いいたします」

「遠路はるばるご苦労様、大日本帝国宰相・帝国軍元帥の黒ノ宮大蛇だ……まあ、まずは話をしようか。どうぞ遠慮なくそこにかけてくれ」

 ソファーを指して整いすぎた顔立ちの女性将校に言った。彼女の顔からは緊張を感じず、凛々しく気高く振舞う姿に大蛇は憧れのようなものを感じていた。

「ウィンドセアリス准将、キミは特使としても来日したと聞いているんだが、そちらの用件は既に済ませたということでいいんだね?」

「はい、日本国政府――内閣総理大臣以下閣僚の皆さまとも、女王陛下の代理人として英国政府、そしてブリタニアの方針をお伝えしました」

「わかった、なら結構。キミと総理たちとの会談の内容については後で書類を通して確認しておく」

「恐れ入ります」

「うん……」

「え、あの……どうかなさいましたか?」

「あーいや、少し喉が渇いたから紅茶でも入れて来ようかと思ってね。キミも飲むか?」

「そんな――上官に茶を入れさせるだなんて」

「いやいや、いいんだ。少し歩いて気分転換がしたい。そのついでだ」

 そもそも部下の着任の時に気分転換がしたいからという理由で席を外すのもいかがなものだけれどね、と言いながら扉の前に立つと彼は振り向いた。

「待っている間、棚にしまってある本は自由に読んで。准将の日本語は凄く流暢だから、多分読めると思うよ」

「ありがとうございます、ではお言葉に甘えて」

 両開きのドアの奥へと消えた大蛇を思い出してオリヴィアは不思議な気分になった。とても変わった上司のもとへと配属されたものだと瞬きを繰り返していた。

 手に取ったのは日本古典だった。竹取物語――かぐや姫の物語だった。

「……原文でも六〇ページもないのね」

 英訳された竹取物語は呼んだことがあったが、原文で読む機会ができるとは思ってもいなかった。第二言語として日本語を習っており、並の日本人くらいの速さでページをめくっていた。

 第二次世界大戦時や戦後にある日本人の一族と親交を持ったことから、彼女は生まれついてより日本の文学や文化に触れる機会はあったし、〝漣の九年間〟で来日したことも何度かあった。

 六分後、二人分のティーカップをトレイに載せて大蛇が執務室に戻ってきた。

「おまたせ、まだ少し肌寒い日もあるから温かい紅茶にしてきたよ」

「すみません、ありがとうございます」

「気にしないでくれ――って、それ古典の全集か」

「はい、原文で読むのは初めてだったので中々充実した体験をさせてもらっています」

「やっぱりウィンドセアリス家の人は日本の文化を楽しんでくれるから見てて嬉しい限りだよ――オリヴィア……」

「あら、今まで仕事での関係として話をしていたのに、もう耐えられなくなってしまったのかしら?」

「……中々面識があるとそうはいかないらしいね」

 件の日本人の一族とは即ち黒ノ宮家であった。

 時は第二次世界大戦時へと遡る……。

 日本本土を進発した特別陸戦旅団の責任者は第一八七代黒ノ宮大蛇――源焉の祖父であった。黒ノ宮家に伝わる伝説の刀「麁正」のみを武装し、およそ三〇〇〇人の陸軍兵士たちを率いて大陸を横断してみせた。

 彼の牙は遂に大英帝国を捉え、海を航行中の軍艦を飛び移って本土へ侵入するという人間離れした身体能力を見せた。

 その後急遽本土決戦を強いられた英国軍はたった一人の日本兵によって半壊へと追い込まれたというこれまた常識外れとしか言えない結果に終わった。スエズ運河の攻略と合わせて欧州全域に大打撃を与えるだけ与えて、彼ら特殊陸戦旅団は帝国連合艦隊と合流して本土へ帰還してしまった。

 一九四七年の十月五日。終戦に際して中立地帯となっていたエルサレムで終戦協定が結ばれ、その後新たに発足した国際連合によってそのままエルサレムは中立都市として三つの宗教の対立を最小化させる努力を積み重ねることとなる。

 同年十二月に日英国交正常化条約が結ばれ、年始から一九四八年のこれまた年末にかけて三陣営に世界は分断され始めてゆく……。

 その正常化にあたって英国軍内で最後まで粘り強く指揮を執り続けたウィリアム・アーサー・ウィンドセアリス大将が英国政府代表として、同じく日本国政府代表の一八七代黒ノ宮大蛇と対面した。

 ――それが親子三代にわたって関係のある黒ノ宮家とウィンドセアリス家の邂逅であった。

 ウィリアムやオリヴィアの父チャールズ、そして彼女が来日する際は群馬県にある黒ノ宮家の屋敷を拠点としており、オリヴィアも訪日した際宿泊したことがあった。

 七年前から幾度かであったから、彼女は故人である九条美雪との面識はない。

「……まさか同い年のあなたが帝国宰相にまで上り詰めるなんて思いもしなかったわ」

「俺は副官として着任したのがオリヴィアだったってことに酷く驚いたがね。……それに、俺に関しては家柄だけでここまで来てしまったと思ってるよ。それに見合うだけの働きをこれからしていかなければ、とも」

「あまり気負わない方がいいわよ? 補佐として仕事をする私のこと、公私問わず色々頼って欲しいわ」

「いやいやそういう訳には――」

「執事の人達がよく言っていたわよ、源焉様は最近無茶をなされているって。何故かは聞いていなかったけれど、並々ならぬ事情があるんでしょう?」

「……いいや、高校の時彼女に浮気されたことくらいだ。自分が不甲斐ないばかりにな」

「そう……」

 彼女は半ば言葉を失わっていたが、ずっと絶句しているわけにもいかなかった。

「それだけでも十分深刻な事情よ。仕事に影響が出るのも嫌だし、何かあったらすぐ私に言って頂戴、いいわね?」

「……わかった、そうするよ」

「よろしい」

 そう言ってオリヴィアは大蛇の淹れてきた紅茶を飲みながら今後の自身の動向について話し始めた。

「当分はあなたの家で泊めてもらうつもりでいるのだけれど、荷物とかは前回来た時のままかしら?」

「……勿論だ、いつでもこっちに来れるように――こまめに掃除だけはしているが――そのままにしてある」

「ありがとう、わざわざごめんなさいね、ただの客人の身なのに」

「つまらないこと言うなよ、<色家>の中にでさえ敵が多い俺にとっては同い年の友人――と呼んでいいかは少々不安なんだが――貴重なんてレベルを越してるんだ。来てくれるだけで、話し相手になってくれるだけでも十分嬉しいよ」

「そこまで言われると流石に照れるわね」

 頬を薄く赤らめながらそれを誤魔化すように紅茶をすする。ソーサーを持ちながら紅茶を飲むそのたたずまいだけでも気品が溢れていた……。

 茶を飲み終えた二人は宰相府の中を回った。大蛇がオリヴィアに内部の部屋などを案内した後に執務室に戻って、今度は具体的な執務内容を教えた。彼女の仕事場は執務室内に置かれた机で、大蛇の机とは――多少距離はあるものの――直角になるよう配置されていた。

「――ここまで散々説明しておきながら言うのはアレなんだが、正直俺らはデスクワークが専門ではなくてね」

「まあそうでしょうね。あなたのお爺様の話を聞けば分かるわ」

 こっちなんだよ、と大蛇は包帯で巻かれた右の二の腕を手袋をはめた左手で叩いた。何度か顔を合わせ、共にいたオリヴィアでも大蛇の両腕の秘密は聞かされていなかった。

「まっ、お前のことだ。戦闘面でもなんとかなるだろう、魔導旅団長殿?」

「……流石にそれくらいはバレていたのね」

「最初聞いた時は驚いたぞ?――まさか割と身近な存在が〝魔法使い〟だったっていうのはな」

「逆にあなたは相変わらず魔法が使えないのね。素質のある者や国家の重鎮の子たちは魔法を秘密裏に習うのに」

「生後の検査結果で体内での魔力を外界干渉させられる器官の発達が見受けられなかった、とかいって適正ナシってされたんだよ」

「魔力量は?」

「人の最小数倍はあるとさ」

 魔法という〝科学とは異なるアプローチによる世界の理解〟の学問を何年も学んできたオリヴィアにとっては彼と類似する例があるかどうか、脳内に詰め込んだ知識と記憶の引き出しから探し出す。

 見つかったのは片手で数えられる程度のものだった。……魔法が公のものとなる前からの非公式な文献も含めて、の話であったが。

「……そうなの。稀にある体質とは聞くけれど、あんまり症例はないそうよ?」

「でも魔法を使えない人間の方が多いんだろう?」

「そうじゃなくて、魔法発動に必要な器官を持っていないにもかかわらず人の何倍もの魔力を持ってるってことが」

 興味もなく、また自らに関係のない学問を学んでいなかった大蛇にはそれがどういう事か理解できていない様子だった。

「基準値の数倍もあれば魔力を外部に放出できない人間は暴発して死ぬ。きっとあなたの身体はそういう事も含めて特殊なのでしょうね」

 ふーん、と大蛇は聞き流した。一応頭の片隅には留めておく程度だった。今こうして体に影響が出ていないのならあまり気にする必要もないだろうと言わんばかりの態度だった。

「というか、それこそそういう情報は執事や父さん辺りから聞いてそうな感じがするが、知らなかったのか?」

 大蛇の言葉にオリヴィアは溜息をついた。彼に対して呆れた表情で答える。

「……あなた、つい数年前まで私に対してどういう接し方だったか覚えてる?」

 天井を仰ぐ大蛇は七年前に出会った金髪の少女の事を思い出した。

 美雪を失った彼は他人との会話を殆どしなくなった。それは家を訪ねてきたウィンドセアリス家の面々に対してもその姿勢は継続され、必要最低限の会話しかせず、オリヴィアに対しては最初以外、会話らしい会話などまったくしていなかったのだった。

「……そういえばこんな話したことなかったな」

「その通り。『隣いいかしら?』って言った時しかロクに私と話もしてくれないんだから」

「悪かった……本当に悪かったよ」

「それも並々ならぬ事情、なのかしら?」

「――いずれ話す。だが今は心の準備ができていなくてな、話せるときになったら話すから、それまで待っていてはくれないか?」

 彼の言葉の後、オリヴィアは少しの間を置いて穏やかな声で言った。

「わかったわ。私はいつまでも待ってるから、あなたのペースで準備していて」

「ありがとう……お前には頭が上がらなくなっちゃったな。正直もう関わることなんてないんじゃないかとも思ってたから、なんだか少し安心した」

「ホントね。嫌いだった人にどうしてここまでできるのか、私自身不思議よ」

「嫌いって――はっきり言うなあ……」

 心が槍で貫かれた気分だったが、容赦なくオリヴィアは続けた。

「当然よ、ロクに会話もしてくれない人を好きになれるわけないでしょう?――でも、今は違うわ」

 宰相府内の案内などですっかり日も傾き始めていた。午後五時を回った太陽が朱色の陽光を執務室内に照射する中、陽の光に照らされた美しい女性将校は変わらず穏やかで包み込むような優しい声で言った。

「でも、今のあなたは好きよ。私にちゃんと向き合おうとしてくれているもの」

 一瞬その端麗さに心奪われたじろいだ大蛇だったがすぐに切り返す。

「おいおい、英国淑女がむやみやたらに男に好きなんて言っていいのか?」

「人間として好きといういう意味よ。それに、今言ったけれど私と向き合おうとしてくれる人を嫌いになれるわけないじゃない」

 大蛇は溜息をついた。「本当にお前のことは読めないよ。あの頃の俺の隣に来るのも、今の言葉も……」

「あなたの予想を上回ることをやってみるのも悪くはないかもしれないわね」

 そう言ってオリヴィアはうふふと口にきめ細やかな白い手を添えて笑った。どうしようもなく画になるその様を見て、大蛇は写真にとって額縁に収めたいと思った。そしてそんな感想を抱くのが二度目であることを自覚していた……。

予約投稿の取り消し方とかないかなと思ってみたのですが分からず一度間違って投稿してしまって削除しました。御迷惑をおかけし申し訳ありません。

あとかぐや姫の物語は古典全集読んでて唐突に思いついたものです。次は伊勢物語ですかね(笑)

ちなみに地の文の時は地の分しか書かないし、台詞の時は台詞ばっかり書くのが僕らしいです。


……物語を複雑化させ過ぎたかもしれません……収集つけるの大変ですな

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