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黒金のコントラスト  作者: むみょう・あーす
【第一部:旅立ちの序曲】第四章:遭遇篇
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慈雨の先に

 カスピ海上空――。

 超のつくほどの巨大戦艦が、何門も構えた砲口から大電力を纏った砲弾を吐き出す。

 数十隻もの駆逐艦が艦首から、艦尾から、両舷から、甲板からミサイルや魚雷を撃ち込む。

 飛空する航空母艦に集中し、波のように早く、何度も襲う。

 装甲の厚い戦艦や特殊加工の施された重装甲巡洋艦などが防護壁となって、反撃せんと主砲を回頭させ、すぐさま砲撃へと移る。

 バイカル湖で起きていた戦闘の数倍もの規模の艦隊戦が行われ、カスピ海には破損し剥がれ落ちた軍艦の部品が落ちていく。

 派遣された連合艦隊の総旗艦代理を務めたのは超戦艦大和。幾度となく改装を重ねられた総旗艦榛名とは異なり、元より最強の戦艦として設計、建造されながらも「進化し続ける艦」を設計コンセプトに組み込んでおり、時代の変化と共にその装甲、武装、動力部のすべてに至るまで換装が可能なように造られている。

 <東亜連合>、とりわけ大日本帝国海軍では、

「〝完成〟と〝未完成〟を兼ねる矛盾艦」と称されることもある。

 帝国海軍の中でも大和という超巨大飛空戦艦は、このカスピ海上空域戦と仮称された戦闘では無論、破格の強さを持った。海上艦時代には得られなかった機動力や対艦載機、対魚雷装備の充実は、再び大艦巨砲主義の時代へと押し戻し、戦艦大和を最強の戦艦たらしめるものだった。

 バイカル湖からカスピ海までの距離は四千キロ以上はある。

 大和は既にバイカル湖から超遠距離砲撃を行っており、それに伴う艦列の再編が予兆となって共和国軍に察知されてしまうため、直接の被害は出せてはいないが、敵に混乱、味方に時間を与えられるという点において全くの無駄ではなかった。

 その上空を一機の巨躯を持つナニカが飛翔していた。超高高度――、そこを一直線に突っ切って、まるで空を引き裂くように進みゆくソレは……!

「――オリヴィア、聴こえるか?」

 ガサガサ、と物と物のぶつかる音とノイズ交じりに彼の声が聞こえてきた。

「ええ、大丈夫。聴こえるわ」

「ならよかった。どうだ、発生させたオーロラで電波障害は見込めるか?」

「大丈夫そうよ。でも、そうなるとこちらも索敵は偵察機による肉眼での確認に制限されてしまうけれど、本当に――」

「そうなる前に終わらせる、それじゃ――現刻よりカスピ海上空域の状況に参戦する。ウィンドセアリス准将、特例ではあるが、総旗艦直轄艦隊の指揮は任せる」

「了解しました。ご武運を、閣下」

「ああ」

 彼、帝国宰相黒ノ宮大蛇を乗せた<八一式重装甲竜騎兵>試作壱号機――通称<蟠龍>との通信を切ったオリヴィアは溜息をついていた。微笑み交じりに……。「全く、さっきまであのアナスタシアと戦っていたというのに、元気なものね」

 マッハ五で飛翔する<蟠龍>は一時間もかからずにカスピ海へと到着できる。

――そうは言っても、だいたい四十分から五十分の間ってところだろう。遅いなぁ、それだと。とっても遅い。……仕方ないな。

 機内のボタンとハンドルを幾度か操作し、速度を上げた。

 包帯の巻かれた左腕に一度手を置く。結んでいた包帯の端を引っ張ろうとしたが、途中で思いとどまり、手を離した。

――解かなくてよかった、〝後片付け〟も大変面倒臭いしな。

 モニターに集中し、メーターやモニターに確認しながら進む。

 距離を進むごとに速度はどんどん早まっていく。量産型ならば壊れてしまうであろう機体も、壊れてしまうであろう操縦者の肉体も、全く完全で完璧な状態で進みゆく。

――コストを度外視したものにしておいてよかった。このデータは技術開発局にも送ってあるし、役立ててもらおう。

 速度を速め、三十分後には戦闘空域の直上に<蟠龍>はホバリングしていた。

 モニターを眺め、上空から敵艦に狙いを定めていた。ある程度は既にシステムの方で勝手にロックオン状態になっており、あとは大蛇のタイミングだけだったのだ。

「よし、準備は……これで大丈夫そうだな。――一斉射!」

 その瞬間、<蟠龍>は全身から火を噴いた。

 <蟠龍>に備え付けられたおびただしいミサイルと砲弾の数々が、大蛇の一声と共に、砲塔や発射口から吐き出される。

 一斉に飛び出し、落ちていった鉄の雨は敵駆逐艦、巡洋艦の艦橋部と反動推進機関部を中心に直撃した。

 おそらくこの時点で――アナスタシアやカルロスがカスピ海上空に〝ナニカ〟が迫っていると気付き、それを何らかの手段で伝えられたとしても――、戦況に混乱を与えたのは確実で、大和の砲撃でもないのだから――と相手はパニックになるに違いない。

 味方も味方で状況がつかめない可能性だってある。だが――、

「一気に突っ込んで片付ける」

 中間圏でホバリングしていた<蟠龍>は、両翼部をはじめ、全身に仕込んだバーニアを起動させ、一気に急降下した。

 近接戦闘に移行し、ブレードや尻尾で敵艦の船体に損傷を与えながら適度に艦載機との距離をとる。

 大蛇の関心は、軍艦による艦砲射撃や対空砲を用いた迎撃ではなく、むしろ艦載機によるドッグファイトにあった。そこに意識を向けている。

 両軍の艦隊から距離を置く。

――<蟠龍>は今のところ対軍艦用。『軍艦がある』ということは、主砲、副砲、対空砲があるってことで、ミサイルもあるってことに他ならない。だが、艦載機は軍艦とは異なり機動力が高い。いきなり現れる敵に対処する、となれば冷静さを欠く可能性も高いのだし、そうした一手一手に注意を払わないとこちらが足元をすくわれる。

 予断を許さない状況、とまで彼は考えていた。

 モニターを確認し、実弾の残弾数を把握した。中間圏での一斉発射を繰り返すなら、それが最後。

――実践運用は初めてだったし、少しはしゃぎ過ぎたな。

 共和国軍の艦載機は優に千を超える。そのうち帝国軍側の艦載機とのドッグファイトに費やされることを考慮すれば、最大でも半数が彼を狙う。そうなれば五、六百機ほどはある。……ならば、百発にも満たない実弾で、どう撤退まで追い込むか――。

 やってみるか、とコックピットでコマンドを入力した大蛇は、次の瞬間――全身に強いGを感じた。機体の各部にあるバーニアを全開にし、急上昇した。

 戦闘機、爆撃機――帝国軍の艦載機とのドッグファイトから離脱した機体がいくつかの隊に分かれ、大蛇を追跡する。無論何方向からも。

――相変わらずアナスタシアたちも指示が早い。こっちの艦隊との戦闘を続けさせながら、目標を俺にも向けてくるとは……。

 身体に尋常ではない負荷がかかることを承知で、彼は強引に機体を何度も何度も方向転換させながら、全方位に分散し、高度を下げながら接近してくる機体から逃れる。その軌道は装甲から溢れる光によって可視化されていた。

 更に、更に高く――。

 そうして各機の高度限界ギリギリまで上がり続ける。

「ここだ――!」

 勢い余って声に出る。

 強く、打ち付けるような声と共に、<蟠龍>は急降下し、くるっと半回転して通過した艦載機群を見上げる。そこには、もう先程の光は見えない。だが、<蟠龍>が描いた軌跡が見える。陽光に反射し、よく見える。

「さて、ここで質問だ――まあ、声は届かないのだが――、誘爆って知っているかね?」

 その瞬間、再び鈍く光る黒き鋼鉄の機体が煙で覆われる。

 一度に繰り出された九十四発のミサイルが拡散し、飛行する艦載機に直撃、爆破四散した。爆発一つで複数の機体を確実に落とせるものではない。だからこそ、その〝光〟が重要だった。

 上空に集中した艦載機群が爆炎と黒煙に呑まれ、そこから数機は逃れることができたようだが、その他は……。

 けれどその数機が突っ込んでくる。

――この機体に積んだ弾薬の数は百八十九。それぞれ九十四発ずつ撃ちだし、残るは一発。

「竜幻粒子散布――」

 軌跡の光――粒子状のドラコナイトによる誘爆。それが六百機もあった共和国軍艦載機を撃滅せしめた理由。

 <蟠龍>の装甲の隙間から再び粒子を散布させ、敵機との距離をなるべく詰めないよう、後退しながら行う。

 そして――、残弾一を使い果たす。

 黒煙から降下し、太陽のもとへ帰還したその姿は、神々しくもどこか禍々しい。

 ホバリングを続けながら、両翼部を広げ、鋼鉄の竜は雄叫びを上げる。両肩に取り付けられた砲塔ゆえに、まるで三つ首の竜が咆哮を轟かせているように見えた……。

 全身のバーニアの向きを調節し、再び急上昇して戦線を離脱する。一定の高度まで上がった後に一直線に東へと飛んでいった……。

 実際に空が〝そう〟なったわけではない。

 打ち付けるような雨、全てを吹き飛ばす風、大地を穿つ雷、空を重々しく覆う暗い雷雲。

 まさに彼のこの戦況における振る舞いは、嵐そのものであった……。 

 天を裂く鋼鉄の龍が両翼から紅い光を線香花火のように、ロケットエンジンのように勢いよく圧力として噴射して飛んでいく。

 その様から<蟠龍>に〝紅黒の彗星〟という異名が与えられたのは、翌日の帝国軍統合会議の後のことだった……。

 ……結局のところ、「湖海戦争」と名付けられたこの戦争は、空中戦という第二次世界大戦時までの海上における艦隊戦とは全く異なる形であったことが起因し、戦闘自体は両軍の艦隊の撤退までを含むと一日強という短時間で終結した。

 なお、この戦いにおいて多数の目撃情報が見られた〝鋼鉄の竜〟に関する情報は、両国からの発表はなされぬまま、派兵された者の一部が語るものとなり、真偽のほどは不明であった。

 ある者は日本における龍神と同一視する者もいれば、スラヴ民族の伝承にあるズメイと同一視する者もいた。

 いずれにせよ、それらは都市伝説、陰謀論とされる声が次第に強まっていった。国、軍部からも何の生命もないのであれば、そう片付けるしかなかった。

 ……二日後の宰相府、窓から見下ろす傘とどんよりとした空模様とを眺めていた黒ノ宮大蛇は、ドアの開閉音と共に振り返った。

「情報が出回るのは意外と早いのだな、都市伝説レベルとはいえ、もう<蟠龍>の事が流れているとは……電波障害を起こしておいて正解だった」

「そういうのなら、わざわざアレで出撃することはなかったんじゃないかしら? バレたくなければ、だけれど」二人分の紅茶を持ってきたオリヴィアは言った。

「いいや、十分に意味はあった。割と大規模だったからな。国内においては戦績を正確に報じておく必要はあるが、幾つか工作すれば国外には双方被害甚大という情報は幾つか出せる。……例えば本当の情報の裏に、『実は本当の戦況は――』と工作員共に伝え、それらしいデータでも用意してやれば〝釣れる〟だろう?」

「あなた、まさかこのために――?」

 あはは、と大蛇は乾いた笑いを向ける。「流石に今回はそんな余裕はなかった。途中でこれは利用できるかも、と思っただけだよ。正直アナスタシアたちと久々に一戦したかったからな」

「……それで、収穫は?」

 窓の外を眺め、大蛇は「うーん」と唸る。

「まあまあ、だろうか。あまり納得いくものは得られなかったが、今後に期待――といったところかな」

 彼女たちに一体何を期待しているのかはわからなかったが、ここで問い詰めるのはよしておこうと手を退いた。先程、怪我の事で少し踏み込み過ぎたのだ。

――やめておきましょう。あまり追い詰めるのも気持ちのいいものではないのだし。

 それぞれの机に紅茶の注がれたティーカップを置き、トレイを持ったままオリヴィアは大蛇の隣に立つ。

 梅雨の時期に、時より差す陽光――。

 まだ雨は降り続いている。けれど、先程のような重々しいものではない。陽の光一つで印象は百八十度異なって見えた。

「晴れてきたわね」

「ああ……予報にはなかった」

「――もしかしたら、私が日頃優しいからかもしれないわね」試しにオリヴィアは言ってみた。

 そんな彼女に、大蛇からの視線が当てられる。目を点にしたような、少し驚いた目だった。

「な、なに……?」

 自分でもそういう事を言うガラではないことはわかっていたが、実際そういう反応をされると内心恥ずかしかった。

「……いや、割とそうかもな」

 昏黒の剣客の顔にある火傷を癒すかのように温かく、誰であろうと分け隔てなく照らしていた。

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