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黒金のコントラスト  作者: むみょう・あーす
【第一部:旅立ちの序曲】第四章:遭遇篇
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彼方の裂天

 帰還したアナスタシアの負傷を誰よりも声を立てて心配したのはカールことカルロス・アーカディアだった。

「アーニャ、大丈夫か!?」

「大丈夫、心配することはないわ。それよりもカスピ海一帯――南西戦線はどうなっているの? どうして日本の艦隊が……」

「索敵はきっちり行ってはいたが、やっぱりアレにまんまと邪魔をされたんだろうね」

「……〝三体〟」アナスタシアは顔をしかめた。彼女の視線の先には戦艦ソビエツキー・ソユーズの艦橋部に張られた巨大な窓――の更にその向こうがあった。「――映像を出して頂戴」

「ああ、――出してくれ」

 通信士官に指示をすると、立体ホログラムに緑と赤の矢印が表示される。

 アナスタシアとしては、その本心で言うなら戦場の様子を確認しておきたかったのだが、そうはいかなかった。あくまで今できるのは戦況の確認程度であって、大蛇相手に善戦はできたが最終的に彼との実力の差の開きを彼女は思い知らされた身……。

――それはこの作戦を終え、本国に帰った時にでもしよう。今はとにかく……。

 艦橋の床に備え付けられた機器で三次元ホログラムが作動し、赤の敵艦隊と緑の味方艦隊の百隻を超える大規模な艦隊戦に意識を向けていた。

 やっていることはニ十隻弱で行われたバイカル湖空域戦――そう後に名付けられる飛空戦艦群同士での戦争――における戦闘行為の規模を五倍にした程度だった。もっとも、そういう感想のみが二人の胸中に湧き出る、というのはただの〝矢印〟としてしか戦況報告がなされなかったが故の現実味の薄さのせいかもしれなかった。実際にその惨劇を目にして、轟音と悲鳴と絶叫とを耳にしなくてはリアルな感覚を得られないのは人間が壊れないために必要な残酷さなのだろうか……。

 どちらにせよ戦線は停滞している。攻めきれない。

 どちらの艦隊も電波ジャミングを行っており、それを逆に魔力で妨害し解除する術式で電波に干渉するしかない。

「そろそろあなたたちの開発した〝アレ〟の威力――見たい頃なの、一度モスクワに帰りましょうか」

 カルロスは疲労と負傷の蓄積したアナスタシアを見て、涙の一滴も流さず悲鳴や怒りの一声さえない彼女の隣で騒ぎ立てる自分を恥じた。そして彼女の指示通り、ソビエツキ―・ソユーズの艦橋内パネルに通じてある場所へ通信を始めた。

「その必要はない。こっちの方で直接連絡をとってしまえば問題ないさ」

「……電波障害はなかったの?」

「こっちには〝マクスウェル〟と〝ニコラ・テスラ〟がいるからな。アーニャからこの作戦を聴いた時には既に彼らには電波障害対策の術式――それも最も厳重で複雑なものを開発してもらっていたんだ」

「どうせなら映像も引っ張っては……って、それは無理か」

 カルロスは頷く。「向こうにはオリヴィアがいる。彼女が大蛇の側に完全についたとなれば、術式を解除するのにはそんなに時間はかからないだろうし、長くは使えない」

「それで……まえもって準備していたから通信も早くできるし、予定よりも大幅に早く撃てるわけね」

「まぁね。俺たちは今、遊びで――ましてや伊達や酔狂であの怪物に挑んでいるわけじゃない。君は君のできることを、俺には俺にできることをやるしかない。死にもの狂いで備えなきゃ、絶対的な死を乗り越えることなんてできないから……」

 彼も彼なりに黒ノ宮大蛇という男に対して思うところがあったのだろう。それは、彼のモニターを眺める鋭い双眸の中に宿った捨てきれない迷いを見れば一目瞭然だった。

 二人の脳裏によぎったのは五年ほど前の記憶。

 一人の男が、三人の男女が伏す先に仁王立ちしていた。

 学生でありながら、たった一振りの大太刀だけで一体何人を沈めてきたのだろうか――。

 そこには侮蔑もなければ嫌悪もない。

 ここまで来たならばそれはもう無関心というしかなかった。

 去り際に口にした言葉は今でも二人の脳裏に高い粘性でこべりついている。

「……清く正しい人間にのみ生きる権利がある。汚れた野蛮人共は既に始末しておいた」

 血を振り払い納刀した彼は、そのまま歩き去って行った……。

 目を閉じてそれを思い出していたカルロスは、瞼を開けた。「――この一撃を、その第一歩にしよう」

 モニターに向かって手を振り下ろした。

 通信は途切れ、カルロスは国際基準設計となった半ドーム状の艦橋の展望台を見渡し、左側に首と視線を向けた。

「艦橋障壁、開錠。アーニャよく見てて」

 一閃の後に、一条の紅い光が視界に広がる景色を真っ二つに切り裂いて迸る。天上へと吐き出された光の糸。目視で追える範囲を超えてしまえば、それは天から垂らされた糸のような細さだった。

 その様を瞳に収めた後、ようやく発射による爆音と衝撃波が船まで届いた。

「あれが……〝星謳う方舟〟の残骸から作られた残滓の紅光塔――<アーク・バベル>」

「そう。あの兵器をもって大蛇が所有する三つの人工衛星を破壊できるだろう。予測ではそろそろだが――」

 投影されたホログラムにあった予測データや威力、周囲の電荷や放射線までに至る全ての情報が記されていた。大西洋の海底に設置されていたため、付近の海水温度は急上昇し、蒸発した水分量の桁もゼロが幾つかあったか、それを数える気にはならなかった。

 そんな偉大なる功績を今まさに残さんとしているデータが、一斉に狂い始めた。

 連続し、エラーを叩きだす。

「――ジャックされている!?」

「その通りだ、カルロス」

 ノイズと共にその声は艦内に放たれた。虚ろに響いた、と言ってもよかった。その声に誰もが返答できない程に、スクリーン越しに現れた人物の不敵な笑みが与える恐怖は尋常ならざるものであった。

「久しぶりだな、いぬっころ」

「大蛇――よくもアーニャを……!」

「ブリタニアから共和国への道のり、随分と大変だっただろう。まずは息災そうで何よりだ」

「それはどうも。でも……十中八九、君が仕組んだんだろう? 〝アレ〟は!」

「そりゃ気付くよな、気付いてもらわないと困るが……。でももう遅い。お前らがくだらんテロリストや市民団体にはした金をバラまく間に――あの八年間で、俺は既に〝全ての準備〟を終えてある」

「〝あの時〟からずっと……復讐のために?」

 榛名に設けられた艦長席に腰掛けた大蛇は首を縦に振った。

「前も言ったろう?――俺はあの〝槍の男〟を討つまで復讐は終わらない。これは俺の通過儀礼とも言うべきものであり、もしお前たちがこれ以上こちらの邪魔はしないと確約するのなら、俺も手を退こう。それが男の礼儀というものだ」

 その言葉にアナスタシアとカルロスは一瞬驚愕した。

 好戦的な性格の彼が、条件付きとはいえ一度激怒した相手に向かって静観するという意思を示したのだ。

「――だが、屈服しないのなら、まだ俺との戦争を続けるとみなし、敗北を認めるまでお前たちの持つ全てを正面から叩き潰す。これは最後通牒だ。……返答は、そうだな……お前たち、〝お偉いさん〟との会議を重ねねばならんだろう、余裕を持って三日とする。詳細は後で文書として送る、質問はその時に」

 言い終えた大蛇の傍に、オリヴィアは紅茶を持ってきた。「ああ、ありがとう……」

 アナスタシアもカルロスも、オリヴィアを一瞥したが、金髪の准将は堂々と立っていた。

「……さて、言うことは言い終えた。どうせだ、最後に今さっき俺の衛星から撮れた映像を送っておく。――それではな、愉快な返答を期待している」

 それは今地上から狙撃された衛星のもの。<アーク・バベル>という名の対大蛇決戦兵器が放った紅い光に、その衛星から迎撃がなされたのだ。蒼い光が寸分たがわず、丁度正面から衝突する一部始終がしっかりと撮影されていた。

 一家が所有する衛星――その時点で既に常識外れではあるが、それがただの監視衛星だということはなく、兵器であったことまでは、あくまで考えられる可能性の一つとしてしか見ていなかったカルロスたちにとって知りようがなかいものだった。

「――とはいえ、アーニャ……どうするんだい? 彼を打倒したい気持ちは俺も同じだが、ここで大蛇から手を退けば少なくとも俺たちは俺たちの計画を気兼ねなく進められると思う」

「何を言っている、カール。国内外にナショナリズムを主張する黒ノ宮大蛇こそ、我々にとっては邪魔な存在だ。あれでは公用語の統一もできない。我々の目的を果たすことは叶わないだろう」

「だが、その点は内部工作を引き続き行えばいい」

「あの男はそれも含めて一切の干渉を拒否している。世界中の人間をまとめねば条件を満たすことはできない。なんとしても我々の代で彼を打ち倒し、統一政府の樹立を達成しなくてはいけない」

「――それなんだが」

「カール?……何かあるの?」

「いや、別に大した疑問ではないんだが、そもそも何故大蛇はナショナリズムを掲げた前時代的な国家連合圏を作り出したんだろう、と思ってね」

「第二次大戦――彼の祖父と言われている二代前からそのきらいはあったでしょう?」

「確かにそうだけど……彼は国だとか世界だとかに興味がないような振る舞いをしている。かといって自分の保身のために、と聞かれればそれも違う――」

 わざと遠回しに言うカルロスに対してアナスタシアは痺れを切らして言った。「カール、結局のところあなたは何を言いたいの?」

「彼の過去を少しでも知っていれば、誰もがその結論に辿り着く。……アーニャ、ブリテン島にいる君の部下たちに連絡を取った方がいい」

 その瞬間、何度目とも知れぬ驚愕の表情がアナスタシアの顔に滲み出す。

「〝彼女〟は易々と脱落したのに……」

 カルロスの言葉を受け、アナスタシアは薄型の端末を取り出して現地に派遣した〝監視役〟の責任者に通話を試みた。

「――アナスタシアだ。大佐、聞こえているか?」

「……」ノイズだけが返ってくる。

「大佐、応答せよ。繰り返す、応答せよ」

「……」

「ロッ――ロ、ロマノヴァ提督!」今度は通信士官がアナスタシアの名を呼んだ。

「どうした?」

「――上空八十五キロメートル付近にて、マッハ五で飛行する物体あり!」

「……なんだとッ!?」

 強化テクタイト複合ガラスで貼られた半ドーム型からは、環境の外に出るまでもなく天高く見上げることができる。

 だが、その時この空域では滅多に――確率的には絶対にといっても過言ではないものが視認できたのだ。

――オーロラ!?

 極域でしか基本的には見られない、太陽が発する磁気嵐によって観測できる現象が何故かそこにあった。ここ数時間のうちにそのようなデータは報告されていなかった。

 そして太陽に照らされてようやく見える何か粒のようなものが遥か上空を流れていく。

 それは西へ西へと飛んでいき、彼方へと消えていった。甲高い金属音のような奇怪な音を置き去りにして……。

「オーロラ……天の裂け目。それに中間圏を飛行する物体……?」

「太陽に異常がなかったとするなら、その物体が磁気圏を乱れさせたことになる。荷電粒子の散布、ということか!?」

 無茶苦茶と言うほかなかった。それ以外に彼らの脳裏を占有した単語はなく、そしてその言葉はある一人の男の影をちらつかせた。

 まさか――と、誰もが思う。だが、彼はこう言った。

 既に〝全ての準備〟を終えている、と。

 ふと六、七年ほどまえの光景を思い出す。留学生として東京にいた頃の話だ。

 そう、あの頃も――そして今も、三人とも身分やそれに伴う権力や財力は膨張の一途を辿っているが、変わらないものも当然ある。

 ――黒ノ宮大蛇の破天荒さ。

 一切変わることのないあの男の暴力的で自己中心的で、異常なまでの貪欲さに由来する鬼のような無双振り……。

 アナスタシアとカルロスには、確証はないがこの混乱を招く異常現象は大蛇が起因するものだと思っていた。根拠など二の次で、二人の直感――生存本能とでも言うべき潜在意識が、二人の理知的でありながら激情的な脳に最大級の危険信号を送っている。

 大蛇の言葉に説得力が前にも増して強まっていく気がした。

次回は来週金曜日八時以降に投稿予定です

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