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黒金のコントラスト  作者: むみょう・あーす
【第一部:旅立ちの序曲】第四章:遭遇篇
21/25

怪物、参戦。女帝、対峙

 国家間での戦争は実に七十六年ぶりであった。そして――、

「これが初の飛空戦艦同士の艦隊戦ってわけか、SF映画でも見ている気分だ」

「真面目な戦争だからもう少し緊張感を持ってほしいところよ、私は……」

 黒髪の帝国宰相は艦橋最奥部に設けられた椅子に腰掛けて指揮を執り、傍らには艶やかな金色の頭髪を足元まで伸ばした女性将校が立っている。

 上空数千メートルにおける五百メートル以上の大戦艦同士の砲雷撃戦は、快晴の空に黒煙を撒き散らし、被弾――とりわけ直撃でもすれば甲板や部品などが地上に落下する可能性すら孕んでいる。撃墜されればそれこそそのまま巨艦が落ちてくるのだ。そして動力部が動力部だけにそうなった場合の除染作業も考えれば、その危険性は語るまでもない。

――だからこそ、アナスタシアはこのバイカル湖を戦場に選んだ。……どうせ仕組んだのはアナスタシアや<元老院>の穀潰し共だろうし。

 大戦艦榛名の搭載する前部四基八門の主砲が青白く光る。高周波を発しながらその光はどんどん輝きを増していき――。

 核融合や重力によって生み出された超出力の電磁ビーム砲が、本来威力が極端に減衰する大気中で、強引に空気を切り裂いて敵艦へと強力な一撃をぶつける。

 戦艦群は中破から大破――。

「閣下、第二射はいかがなさいますか?」オリヴィアが訊いた。

「必要ない。向こうも次はシールドを張ってくるだろう。流石に重力を歪曲されたらどうしようもできないからな」

 実弾における次弾装填時と同様に、エネルギー充填までの時間を要するが、戦艦のように分厚い装甲を持つような艦でもなければ一撃で粉砕しうるだけの威力がある。

 戦艦と比べて装甲の薄い駆逐艦の中には、既に小破している艦もあるが、轟沈を防ぐために戦艦を前面に展開して防護壁となり、敵艦からの電磁砲に備えていた。

 既に敵戦艦を撃破し、その威力を十分に確かめた大蛇は負けない算段で挑んだ。

「艦隊を再編させろ。主砲に回していた分をシールドの出力に回せ。三式電磁融合弾に切り替え」

「了解、艦列を再編……<臨界波動機関>出力最大、重力場変成――拡大。連動シールドの展開完了しました」

 反重力などをはじめとした重力技術は、発見された重力子が全ての工程を前に進めたと言っても過言ではない。

 重力を伝える粒子――。

 それを制御下におけたのなら、空間を歪曲させることも、人工重力による人工天体の建造や超長距離空間跳躍航行といった虚構の中の科学が現実のものとなる。

 そして人類はそれを勝ち取ったのである。

 しかし、本来人類の再興と新時代の到来を願って計画、建造された飛空船はいつしか火器と弾薬、航行には不必要なほどの大電力と核弾頭――といった戦争の道具となり果ててしまったのは人類の、人類たるが故の〝繰り返し〟であるのかもしれなかった。

 八隻中三隻が小破、一隻が損傷軽微で戦闘を続行しており、残った四隻が高い機動力を活かして空間魚雷を打ち込む。

「宰相閣下、ここは――」

 気を引き締めたオリヴィアが大蛇の顔を覗き込むようにして身体を二つに折った。

「ああ、頃合いだな。――全艦に伝達、艦載機を発進させこれよりドッグファイトに移る。砲撃中止」

 一時砲撃をやめさせ、艦載機を発進させる。水上艦時代でのドッグファイトとは異なり、軍艦それ自体が飛行能力を手に入れた現代では艦載機と母艦が共に立体空間での戦闘を余儀なくされる。動力部を狙えば艦載機が戦艦を航行不能――あるいは撃破できるこの状況で、わざわざ空間を隔てて戦闘を行う必要がない。

 だからこそ、ここで戦艦や巡洋艦による砲撃は艦載機にも直撃する危険性がある。乱戦状態に持ち込めば、うかつに動けない。

 けれどそれは相手にとっても同じこと。ビームや実弾による砲撃ではなく、ミサイルや対空砲での戦闘に移ることを意味していた。

「後退しながら艦載機を出し巡洋艦一隻と駆逐艦二隻は対地ミサイルで対空迎撃施設を破壊し強襲揚陸艦の援護に努めよ」

 砲雷撃戦で乱れつつあった艦列を組み直させる。その艦列から指定した巡洋艦と駆逐艦が離脱し、最後尾にいる強襲揚陸艦の護衛を務めた。

「――閣下! 敵戦艦ソビエツキ―・ソユーズの甲板に人影を確認」

「パネルに映せ」

 通信士官が大蛇の指示に従う。半ドーム状の艦橋――そこに設けられた巨大なスクリーンに、前方に見える巨艦の甲板が拡大投影される。

「敵総帥視認!――アナスタシア・アレクサンドル・ミハイル・ロマノヴァ最高議長です」

 振り返った士官が大蛇に向けて言った。

「そうだな、見ればわかる。……すまないがオリヴィア、ここから先の指揮はお前に任せる」

「ちょっと――!」

「アナスタシアが俺との一騎打ちを望んでる。アイツとは因縁浅からぬ仲だ。――それに、ここで大将首が討ち取れれば共和国も大きく弱体化し、現在のような強硬姿勢を軟化せざるをえない」

「大蛇、それはあなたにだって同じことが言えるわ。この前の<大陸事変>も考慮に入れるとするなら、今ここであなたがアナスタシアに討たれるようなことがあれば日本は一気に崩壊の道へと進むわよ?」

「俺を誰だと思ってる、オリヴィア?」

「……まったく、私が野暮みたいじゃない。わかった――わかったわ、わかりました。あなたの帰り、待ってるから」

 大蛇は座席の近く立てかけてあった大太刀を掴んで艦橋出入口へと歩いて行った。

 ドアの前に立って、オリヴィアに振り返った。

「女を待たせるのはあまりよくないし、すぐ帰ってくるしかなくなっちゃうんだがな、それ……」

 今はまだ鞘に収まった刀を、鞘を握り締めた拳と共に突き上げる。

 引き留めるオリヴィアの目線は大蛇からスクリーンへ戻り、そしてドラコナイトによるコーティングが施された強化テクタイト等で作られた複合強化ガラスの向こうに移る。滞空するソヴィエト海軍――かつて大海軍建設を推し進めたヨシフ・スターリンの夢の残骸、亡霊……。

 その甲板にすらりとした二本の足で立った女がいた。銀髪を結って青い瞳で真っ直ぐ半ドーム状と更に上に設けられた構造物を見据える。

 ――アナスタシアは目の前で四基八門の主砲と艦種付近の甲板に備え付けられたミサイル発射口での攻撃準備が整った総旗艦榛名を前にして、怯えることなく立っていた。

 右耳につけたインカムに男の声が入る。

「――だが、本当に大蛇は来るのか?」

「リヴィがちゃんと仕事をこなしていたら来ることなんてないでしょうね。でも彼を侮ってはいけない。――〝大陸越え〟の孫、生まれて数分で歩き始め、通常の人間とは骨格や筋肉の構造が異なり、生成する栄養素も桁違いに多い……我々が対峙するのは帝国宰相でも軍元帥でも総帥でも何でもない」

 手に持つのは氷の剣。アナスタシアはその剣で眼前の大戦艦に乗り込んだ大男の胸を抉り、身体を斬り刻むイメージを持ち続けた。ここで必ず勝たねばらならない、という信念と共に――。

「一匹の怪物だ、カール。私たちは化け物に挑むんだよ、生粋のね」

 そうしている内に、彼女たちと同じように甲板の上に人影が見えた。

「――カール、それでは私は行くから、帰還まで頼むわね」

「くれぐれも気を付けろよ、アーニャ」

「ええ」

 向こうの人影も、アナスタシアも、同時に甲板から飛び降り地上へと落下していく。艦橋からその様子を固唾を吞んで見守っていた部下たちには、すっと滑るように落ちて行ったように見えた。

 オリヴィアと同じく魔法を扱えるアナスタシアは周囲に氷の壁を築き、バイカル湖の水を組み上げて氷の道を作り出す。その上を優雅に滑りながら舞い降りた様はまさに女帝。

 対する大蛇は強靭な肉体でそのまま上空数千メートルから強引に着陸し、逞しい両脚で砂煙の奥で仁王立ちしていた。

「……久しぶりだな。何年ぶりだアナスタシア」

「さぁ、確か五年ぶりだったかしら? 留学を終えて以来ね」

 二人は詰め寄り、間合いを測る。

「今更再会を喜ぶ気にもなれんしな、本題に入ろう。何のためにこの戦闘を引き起こした。負けるとわかっていて戦うなんてのは俺たち男の特権だ。まずそこらへんの特許料でも払ってもらいたいものだがな」

「随分古臭い考え方のようで、黒ノ宮総帥。それに我々は負けるために来たのではない。これはあくまで序章だ」

「序章、か……」

 互いに時計回りに歩きながら、対峙する。

「――逆に問おう、黒ノ宮大蛇。何故お前はここにやって来た。我々からの挑戦状をわざわざ受け取る必要など今はなかったはずだ」

 少し考えた後、大蛇は伸びをしながら言った。「暇だったから」

「ほう……」

 顔には冷静さが残るが、明らかに彼女の周りに漂う冷気は更に温度を低くし、広がっていく。それは感情の顕れだ。

「だから、暇だったから肩慣らしには丁度いいと思った。オリヴィアとやるんならこっちも本気で行かないとアレを押し切れる未来が見えないからな」

 興味深そうに銀髪の女は鋭い眼光で大蛇の黒い瞳を射抜く。どうやら本気らしい。緊張の糸が未だに張り続けているアナスタシアとは違い、大蛇は余裕の表情だ。余裕で不敵な笑みを浮かべているにもかかわらず、そこにはほんの少しの隙もない。

――相手がどれほどであろうと、私は私の障害となる者を誰一人としてただでは済まさない。特にこの男は……。

 幼少の頃から魔術や体術の研鑽を怠らずに重ねてきた。氷だの鋼だのと例えられてきて、冷たい女だと言われながらも努力と経験を絶えず積んできた。貪欲に力を求め、日本にやって来た頃にはロシアでは負け知らずのツァーリとまで呼ばれた彼女が、魔法も使えない男に負けた時の屈辱たるや想像を絶し、声にも出せぬほどのものだった。

 たった一本の刀で彼女と、そして共に戦ったカルロスは沈められたのだ。

「一つ忠告しておこう、オロチ。私はあの時の私とは全くの別物と考えておいた方がいい。――私の悲願の成就のため、悪いけどここであなたには倒れてもらうわ」

「オリヴィアほどの生命力とそれに直結する魔力に満ち溢れることもなければ、覚悟もアイツと比べればただの半端者。そんな奴なんて眼中にもないさ。――あの時と同じようにはしない。今度は完璧にこの地の肥料にしてやるさ」大蛇は煽ることを一切やめない。

 そして、詰めの一手を彼女にかけた。「それに、オリヴィアに俺の暗殺を命じるなんて退屈なやり方しかできないお前が、俺にとって準備運動ぐらいのポジションでしかないというのは自明の理だろう」

「使えるものは何でも使う。お前も私と同じようなものだろう?……けれど、オリヴィアが我々が送り込んだ暗殺者だったことを見抜いたのは流石と言うべきかしらね」

「〝あの売女〟を送り込んできたお前らだ。まぁまず疑うさ。けど、オリヴィアに暗殺なんて無理だ、優しすぎる」

「あなたからそんな評価を聞くとはね、多少は成長できたようで何より。以前のあなたなら『この売女が!』と斬り捨てるものかと思っていたけれど」

「――嘆かわしい」

 ようやく大蛇は抜刀する。

「やはりお前たちではダメだな。屈服させるしかないか……お前、オリヴィアのどこを見れそう考えられるんだ?」

 ようやくアナスタシアは寒々と漂う凍てついた空気に手をかざし、氷の剣を手に取った。

 そう――二人は〝ようやく〟構えたのだ。けれど、長々と話している間にも間合いは当然はかっていたし、タイミングも読んでいた。

 アナスタシアはいわば自らを背水の陣へと追い込んでいた。そうして眼前の怪物、最大の敵に立ち向かうにあたって、両足で大蛇と同じく仁王立ちしてみせた。

 一度圧倒的な力の前に屈した――そう恥じて自己の研鑽を怠らなかったアナスタシアは、今、恐怖を克服した。

 絶対に自信が刀身に込められ、圧倒的な暴力を振るわんと空気ごと切り裂く刃を前にして、氷雪の女帝はその誇りと己の未来のために戦う覚悟をこの時明確なものにした。

 両者ともに、この日のうちにこの戦闘を終わらせる気でいた……。

戦争を描くってすごい難しいというごく初歩的な感想です。

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