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黒金のコントラスト  作者: むみょう・あーす
【第一部:旅立ちの序曲】第一章:邂逅篇
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信託の命

 手すりを飛び越えた源焉は引き金を引き、その集団に鉄の雨を浴びせた。着地と同時に銃を後方へ捨て、今度は抜き身の刀身で斬りかかった。

 自分と敵への憤怒は彼の形相を鬼へと変貌させた。

「やっときたか、黒ノ宮のお坊ちゃん」

「お前らみたいな組織的な奴らがいてびっくりして飛んできたんだ」

「モールで見張っていた時は武器なんて持っていなかったはずだがね? 私の部下には銃を携帯させていたが……」

「みんな大好き魔法のランプが手元にあるもんでな」

 美雪の顔を見て多少は落ち着いたらしく、敵の頭と思しき男から声をかけられ鋭い眼光を放ちながらも答えた。

 殺陣のように敵は一々向かってくることは無く、一斉に武器を手に取って向かってくる。振り下ろそうとする手を屈みながら斬り落とし、そのまま突き抜けようとする。

 周りを見ると人数が死者も含め半分の三十人ほどまで減っていた。何事かと思いながらも、なんとか突破してから敵の手から解放された美雪を見つけそちらに飛びついた。

「すまない! 大丈夫か、美雪! しっかり!」

 見たところ腹部や胸部に切り傷があり、両脚にも撃たれたのか血が溢れている。

「ごめんなさい……もう助かりそうにないわ」

「いいや死なせない。なんとしてでも一緒に帰るんだ!」

 手をかざし再び黄金色に輝く光の粒が彼女の身体を淡く照らす。

「俺の技術じゃ限界がある……頼む、もう少し待っていてくれ。必ず病院に連れていくから」

 彼女の盾として腕を斬られても立ち上がる男たちの前で構えていた源焉は自らの慢心をこれ以上なく憎んだ。

 もっと強ければ、もっと考えていれば――。

 それでも今は美雪を救うことに集中し、最後の力を振り絞る彼らを容赦なく斬り殺すも、荒々しく声を上げ差し違える覚悟でやってきた男たちにナイフで胸を切り裂かれた。同時に他方位から突かれる得物を刀で受け流す余裕はなく、そのまま胸から滴る傷を押さえていた。

 コツコツと床に靴底を叩きつける音が聞こえてきた。やがてそれは感覚の狭い音も招いて――彼の目の前にはライフルを構えた兵士たちが立っていた。

「やはりな……これくらいのことができるのはアンタらしかいない――プラールヴァル連邦共和国さん」

 敵の頭であろう男がいつの間にか人民軍の軍服を纏っていた。

「いや連邦共和国なんてただの名前だけの変更か、ソ連軍」

「我が祖国に対する邪魔者なのね、黒ノ宮源焉。キミが生きていると共和国書記長閣下がお困りだと仰せられるのだよ」

 ニヤリと笑う男の軍服を観察してみると、階級章は大佐だった。

「それでわざわざアンタにその書記長閣下とやらが命令を下したと?」

「その通りだ。一五歳の小僧にしては中々頭が回るようだ」

「それほどでもないがね。いつもなら照れちゃうところだが、生憎今はすこぶる機嫌が悪い」

「自分の不注意で想い人を誘拐された情けない男が今更何を言うのだね?」

「ああ――本当に情けない。今すぐ彼女への謝意として腹を切りたいね」

 その瞬間、大佐の軍服が横一文字に斬れた。

「あっ、すまない。俺の腹を斬ろうとしたんだが、手が滑ってしまった……とりあえず目的は聴き出したしこのまま――美雪、聞こえるか?」

「まだ……なんとか……」

「それはよかった。すぐに病院に連れて行ってやるが――折角だ、一瞬で終わらせるとしよう」

 瞬間、轟音と共に煙が二人の視線の先から確認できた。煙の中から現れたのは一人の人間だった。顔をフードで覆っているため見ることはできず、また一本の槍を手に携えている。

 源焉の足元から黒いガスが強引に破壊された壁に向かって流れてゆく。兵士を飲み込んだガスだったが、ろうそくを吹き消す息のように一瞬にしてガスは右へとそれてゆく。

 満身創痍の源焉はここで槍の男と戦う選択はしなかった。美雪を抱きかかえてその場を後にしようとする。

 だが男は彼を見逃すことは無かった。槍で突いてきたのだ。

「クソッ……ここまで来て、アンタ何者だ」

 避けた源焉が問いただしても男は答えず、ただひたすら紅い槍を構え彼の心臓を狙っている。

「……源焉さん」

「なんだ――うっ!?」

 美雪は源焉の胸を思いっきり押した。痛みで彼女を抱きかかえる力が弱まり、彼女は源焉のからだから何とか抜け出す。

「どういうことだ美雪!」

 再び黒いガスを発生させ、今度は赤い電撃を走らせながら男に流し込んだ。

「ごめんなさい……でもあなたはここで死んではいけないの。ここで死なせたら本当に望みは潰えてしまう」

「何を言っているのかわからない……分かるように説明してくれ!」

 源焉の身体がガスの中に完全に溶け込み、ガスはやがて形をなした。長く太いミミズのようなものが三つガスから這い上がる。刺々しく、また常に体の形を変える気体生命体とでも呼ぶべき姿だった。細長い影の先端には二つの紅い光が輝き、また口のように開かれた部位からは眩い紅光がまたたいている。

 三条の紅光が稲妻のように男を襲うが、彼は槍を前にかざしただけだった。稲妻はその槍に吸収されてゆく……。

「なんだと!?」

 紅い槍は輝きを得て、美雪の胸を貫抜こうとした時、ガスは全てを飲み込んだ。

 ……人の姿に戻った源焉は周りに残る黒い霧を全て払うと、そこに槍の男はいなかった。だが――

「おい!――美雪、しっかりしろ!」

「……源……焉……さ、ん……」

 胸には穴が開いていた。刺した凶器もその持ち主も忽然と姿を消してしまった。ただ彼女が刺されたという結果だけが残ってしまった。

 抱き寄せようとして彼は自身の身体の異変に気付いた。

「は――?」

 両腕が二の腕からばっさり切り落とされていたのだ。高温の刃物で焼き切られたかのようにまだその熱さが残っていた。あまりの激痛からか逆に痛覚がマヒしてきたようだ。

 彼はそんな自信の重傷を放って美雪に駆け寄った。

「よかった、まだ意識はあるんだな!? もう大丈夫、安心して。今から病院に連れていくからね。すぐに医者に診てもらうんだ!」

「……もう、いいんです……」

 息も絶え絶えの少女は最後に振り絞った言葉を源焉に伝えた。

「いつかきっと、会いに行きますから……ちゃんと、会いに……行きますから。それまで私の命……あなたに、預けました……よ」

「馬鹿言ってるんじゃない! 助かると思わなきゃ助かる命も――!」

「今まで……こんな、私を……大切にしてくれて、受け入れてくれて……ありがとう――と皆さんに、お伝え……ください、ね」

 震えた声だった。源焉の頭はこれは遺言であると理解していたが、彼の心はそれがただの質の悪い冗談であることを望んでいた。もうエイプリルフールとやらは三日も過ぎてしまっているぞと言ってやりたかった。

「源焉、さん……好きです。だから、どうか……私を、忘れないで……」

「美雪――っ!」

「――私は、あなたを……愛して、います……」

 満面の笑みだった。こんな形で、こんな時に、そんな笑顔なんて見たくなかった――。

「やっと……伝えられました……」

「やめてくれ! まだ逝かないでくれ!」

「……さよう、なら……」

 ――それっきりだった。

 星刻暦六三年四月四日、午後三時四〇分――それが九条美雪の死亡時刻だった……。

 最期の力も出し尽くし、糸が切れたようにばったりと倒れる彼女の亡骸を、源焉は見ていることしかできなかった。両腕が切断されてしまっては倒れゆく彼女の遺体を抱きかかえてやることさえ叶わないのだ。

「……あ……あ……」

「ごめん……お前から話を聞いて、家族の一員にするって決めて家に招いた時も、初めて俺がお前に気持ちを伝えた時も、〝家族だから、必ず俺が守るから〟って約束したのに……」

 歯を食いしばり、鼻をすすり、目を瞑った。鼻水も涙も垂れ流して溜まるものかと頑なにその苦しさを声に出すことはしなかった。

 辛い時、悲しい時、苦しい時……そんな時に流す涙は気を紛らわせ、背負うモノを少しでも軽くするためのものだった。

 ――そうであるならば!

 であるならば尚更彼は泣き叫ぶわけにはいかなかった。たとえ彼女を殺したのがあの男たちであって、彼女の仇を討てたのだとしても、九条美雪を死なせてしまったのは全て地震に責任があるのだと強く言い聞かせるために……。

「これは俺が背負うべき罪なんだ」

 と執事たちにすら詳細を自ら語ろうとはせず、いつもの明るさも、無邪気な笑みも失い、あるいは捨て去ってしまった。

 何か月間も地下に置かれた部屋に籠ってしまう――という事態も、美雪の死後数か月間ではよくあることだった。

 涼しく、どこか虚ろな顔ばかりするようになり、以前の源焉は遠くに行ってしまったかのような豹変っぷりを周囲に見せた。

 九条美雪と過ごした日々は彼に程よい〝予想外の刺激〟を与えていたが、彼女を失った彼はスケジュールに秒単位で忠実な機械的な人間となってしまった。勉学や鍛錬の時間がなければ彼の意識は上の空。

 それから彼は――……


 八年後、「黒ノ宮大蛇」の名を襲名した源焉は美雪の墓参りをしようと、四月一日に埼玉県の霊園にやってきた。黒ノ宮邸の置かれている群馬県からは車でやって来る。

「……美雪、久しぶり。ごめんね、しばらく来れなくて」

 誰も彼の言葉に返しはしない。

「ホントは俺もお前の傍に早く逝きたいんだがな、あの時のお前の言葉を今でもずっと信じ続けているよ――命を預けるって。預かった身としては人のモノをむやみやたらに投げ捨てられないからな」

 花束を添えながら大蛇は言った。

「本当に……最期の最期にとんでもないコトを言い残していったな、美雪――」

 風や車の走行音などの環境音だけが大蛇の耳に届く。声など当然聞こえることはあり得ない。

「……俺さ、今度直属の部下が一五人になるんだ……すごいだろう? 今まで可愛い子とか結構いたんだけど、恋人がいてさ。一回高校の時に寝取られた俺としては、そういうの人にやるとか死んでも嫌だから……それに、お前の言っていたような子はまだいないからね」

 彼は自分の人生が数奇な運命を辿りながら歩んでいるものだという自覚はあった。それを「高い身分ゆえ仕方ない」と諦観するか、それに怒り反抗するか――彼は間違いなく後者であった。

「今までの一四人はそりゃ強い。けど今度の子は補佐官なんだとさ。まあ、事務仕事が減るから助かるんだがね……」

 ジャケットの胸ポケットが震えていることに気付いて、しまってあった携帯電話を取り出した。着信だったため通話ボタンを押して電話を耳に押し当てた。

「こちら黒ノ宮元帥。……ああ、わかった、すぐに出頭する――では」

 電話を切ると彼は立ちあがった。

「じゃあな、美雪。行ってくるよ」

 羽織ったコートが春風になびく。空を仰ぎ、この季節に起こったことを思い出す。別れの言葉など本当は口にしたくないのに……。

 けれど彼は頽廃的な生活を送ることではなく、権力の座に就くことを選んだのだ。決して堕落した生涯など無為に過ごすことなどできなかった。

 そんな時、一瞬だけ声が聞こえたような気がしたのだ。

「――もうすぐね」

「……っ!?」

 それが、返答を求め過ぎたが故に彼が耳にした幻聴なのか、それとも――



ご指摘を受けたので修正してたら丸ごと全部書き直す羽目になりまして……。

正直書けたら出すという方針で今はいさせてください。私事ですが学校が再開して課題などで小説どころではなくなりかねないので。

推敲して修正点が出たらまたその都度修正していきます。

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